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蓋もある実の話。【ショートショート】

なんのとりとめも無い我らの町に、唯一のランドマークとしてそびえ立つ木があった。

樹齢800年を越えると言われるその木は、町の真ん中にある広場に堂々と生えていて、なにしろ目立つのでよく待ち合わせ場所として活用された。

いつしかその木は、「約束の木」と呼ばれるようになった。

町興しの一環で約束の木をモデルにした「ヤッキー」と名を冠されたゆるキャラが誕生し、その絶妙に間の抜けた顔で一時期だけ人気キャラになったりもした。

今はそれも過去の話だ。

約束の木はもはやどう見繕っても枯れていた。

町のなけなしの予算を費やして、樹木医達にも診療して貰ったり、枯れ木であっても倒れない為の処置をして頂いたり、御神木としてなんとか残せないか、文化財登録はどうだ、と奮闘した。

奮闘したが、結論として、昨今の台風の苛烈さも鑑みると、このまま約束の木を残しておくわけにはいかないという決定が下された。

処置をしては貰ったのだが、土地柄の地盤の弛さと木の生え方の問題、そして巣食うシロアリ達の病魔によって、どうしても約束の木は倒木の恐れがある事実が発覚した。もし倒木した場合、町への被害、人的被害が甚大になる懸念が拭いきれない為だ。

寿命として、限界に来ていた。

思い入れとこれだけの樹齢の御神木を倒したら必ず町に祟りがあるぞという確信と信念から、倒木反対運動を始める住民と、同じく思い入れからゾンビのように改造の処置をして人工的なランドマークにしたらそれは生きてると言えるのか?町の住民のエゴではないか?もう約束の木を楽にさせてあげたいという信念を持つ倒木賛成派の住民達が、激論を交わしあった事は想像に難くない。

この町の人間はみんな、約束の木が好きだった。

それだけは確かだ。

長い長い話し合いを経て、断腸の思いで決定されたその結論の末に、私の会社に倒木の作業の依頼が来た。

正確には私の会社を含め、町の樹木撤去を生業とする会社が何社か合同で作業に当たる事となった。

内定は出ていたが、正式な発表は今日だった。今日この場、町の周年祝いの式典で発表される。これからお昼のニュースにも出るだろう。

私達もまた、約束の木が好きだった。

当たり前にあるもので、普段待ち合わせに使う以外には気にも留めない。空気のような存在。

…いや、「ヤッキー」が流行った頃に、ヤッキーの名字が「クスノキ ヤッキー」だったのを見て、へぇ。この木は楠だったのかなんて事をぼんやり思った事を思い出す。

子供の頃、春の終わりごろに約束の木が咲かせた、ささやかな花が好きだった。誰も気にも留めないささやかさが好きだった。 

この町の人間は誰しも、約束の木と共に育った。

あぁ、かつて見た秋の風景の中に光る、黒真珠のような光沢の実をつける事はもう無いのだ。私達の原風景はその偉大な役割を終えて、ようやく眠りにつくのだ。

そんな事を考えると、無性に悲しくなった。

なんだ、私は、自分が思っている以上にこの木の事が好きだったのだな。

有事にならないと気付かない、私の愚かさよ。

感慨に浸っていると、どうにも周囲が騒がしい事に気付く。なんだ?そのざわつきを抱えたまま式典は終了した。するとすぐに連絡があった。

迎えに来たという部下は、どうにも慌てており要領を得なかったので、電話では埒があかないと思いともかく車の中で話を聞く事にした。 

要約するとこうだ。

昼のニュースで倒木が伝えられた約束の木に、倒木賛成、反対どちらでもなかった住民達が集まっている。

私の会社にも、「倒木の開始を少しだけ待ってくれ」の電話が鳴り止まない。と。

理由を聞いた私は、その光景をどうしても目に焼き付けたい衝動に突き動かされ、約束の木に急行した。

約束の木よ。あなたの役割は私が考えていたよりも遥かに偉大だった。

あなたは枯れてなお、その根の方に実をつけ続けていたのだ。

町の同窓会会場となった広場で、続々と掘り起こされるタイムカプセルを見ながら、私は最大の敬意の眼差しを向けた。

時すら越えた待ち合わせ場所の、その偉大なる目印へ。

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