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修学旅行の夜

クマのぬいぐるみ、ウサギのぬいぐるみ、ネコのぬいぐるみ、他にも沢山のぬいぐるみがずらりと並ぶ棚の上。私の大好きなぬいぐるみたちは、いつだって手の届くところにいる。おもちゃ箱の中には入れない。だって苦しそうだし、閉めたら真っ暗になっちゃうから。みんなは「そんなの苦しくないし、大丈夫」って言っていたけれど、真っ暗な部屋で寝るのが嫌いな私はみんなに棚の上にいてもらっている。

楽しみにしていた修学旅行の日のこと。
背負ったリュックの中には、バスの中で食べるお菓子や旅のしおりと一緒にこっそりぬいぐるみのみんながいる。私たちはいつだって一緒。はなればなれなんてほんの数日でもたえられない。今だってそうだ。

一日目は出発してから2.3か所観光名所を回ってホテルへ向かう。同じ部屋の子たちはみんな仲良しだけれど、ぬいぐるみたちを連れてきているのは内緒。だったのだけれど、、、ある事件が起きてしまった。

それは、2日目の夜のこと。
他の子たちが寝静まった頃に、私はリュックを持って部屋を抜け出した。だって、ぬいぐるみのみんながホテルの中を見てみたいって言うから。ちょっとだけ、と思ったのだ。そして私がみんなを抱えてホテル内を歩いていたら、前から来た大きな人にぶつかってしまって、「わー」とか、「うっ」とか、ぬいぐるみたちが声を出してしまったの。私は慌ててごまかしたのだけれど、その人がぬいぐるみたちを捕まえようとしたから、「みんな逃げて!」と私は叫んだ。そして一目散にもふもふのぬいぐるみたちはちいさな手足を動かして逃げ出した。私も大きな人に捕まりそうになったけれど、何とか逃げ切った。

でも、それからが大変だった。ぬいぐるみたちはばらばらに逃げてしまっていたから、小さな彼らが隠れている場所を、広いホテルの中探し回ったのだ。そして、あの大きな人に見つからないようにしないといけなかった。最初に見つけたのはウサギ。怖がりですぐ近くの机の下に上手に隠れていた。
「もう大丈夫」と言って、リュックの中に入ってもらう。そうやって見つかった子たちはリュックに入ってもらって言っていたのだけれど、最後のカメさんがなかなか見つからなかった。以外とすばやく動くから、遠くに行った可能性もある。ぬいぐるみなのに、水辺も好きだから、お風呂の方かもしれない。私はホテル内をぐるぐると歩き回ってもうへとへとになった。

ホテルを3周くらいしたとき、やっとカメさんを見つけた。ロビーの噴水が見えるソファの上にいた。「あ!」と思ったとき、あの大きな人が向こうの廊下からロビーに向かって歩いてきているのに気が付いて、私は焦って噴水に向かって飛び出した。すると、大きな人も走ってきた。「どうしよう、間に合わない!」と思った瞬間、後ろからピュンっと誰かが走り抜け、カメさんを掴み上げた。振り向いたその人は同じクラスの男の子だった。「君、そのぬいぐるみを渡しなさい」と大きな人が怖い声で言うと、彼は「おじさん、ぬいぐるみで遊ぶの?これ、あの子のでしょ?」と言って、近寄って行った私の手にカメさんをのせてくれた。

「ね?君のだろ?」と言いながら、そっと顔を近づけ「カメもそういってた。さ、手出して」とささやいた。私はびっくりしながらわけもわからず手を出すと、男の子は「じゃね」と大きな人に言い、私の手を引いて走り出したのだった。

「こら!お前たち、待ちなさい!」という声を背中で聞きながら、私は無我夢中で走った。そしてようやく彼の足がゆっくりになり、「ここまでくれば大丈夫だろ」と言って立ち止まったころには、私の足はもうくたくたでその場に倒れそうになってしまった。座り込む私の横に彼も座ったのを見て、「助けてくれてありがとう」と伝えると、「カメ以外の子たちは、無事?」と聞いてきた。リュックの中を見せて、大丈夫と伝えると彼は「よかった」と言ってにっこり笑った。

ハラハラして心臓止まっちゃうかと思ったけれど、あの事件から男の子とよくしゃべるようになって、私たちはとっても仲良しになった。

今ではお互いのお家にちいさな友達を連れて遊びに行くほどで、学校一の友達だ。

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