この夏が終わるまで。/ 短編小説:556文字

この夏は突然にやってきた。
その年、春は急ぎ足で通り過ぎた。
過ぎゆく春を急かすようにしてこの夏がやってきた。
そして、この夏はそのまま居座りつづけている。
いつまでこの夏が続くのか誰にもわからなかった。

中天高く登った太陽はいつまで経っても陰りをみせない。
誰かがそれに気がついて騒ぎはじめた。
それからだ、それからこの夏は居座り続けている。

かつて、人は地上に住んでいた……らしい。
あたしはそのことを知らない。
地上なんて、誰かの作り話かもしれない。
見たこともない。
見たこともないから、空想の異世界と同じだ。
なにもかわらない。

地上という世界がほんとうにあるのなら、この世界はもっと広かったのだろう。
地上には果てがあったのだろうか?
あたしのこの世界には果てがある。
決して超えられない絶対線に隔てられた果てがある。
窮屈で息苦しい。

地上に住んでいた頃、人は夢を見たのだろうか?
『夢』という概念。
漠然とした単語で、とらえどころのない言葉。
本当の意味を知っているか?と問われたら、「いいえ」と答えるしかない。
だけど……昔っからこの単語が気になって仕方なかった。
いつも『夢』のことを考える。
この世界には果てがあるから夢を見ることはできないのだろうかと。

あたしは、揺蕩う。
この泡沫のような世界で。
いつまでも。
いつまでも。

この夏が終わるまで。

(了)

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