【連載小説】 『宰相』 第2話
夏の暑さが徐々に秋へと移行する季節。自民党の総裁選挙が行われた。
「日本を取り戻す」
そう高らかに宣言した安倍晋三が総裁に返り咲いた。
戦後、一度総裁の座から降りた総理経験者が返り咲いた例はおそらく吉田茂以来だろう。
「国家、国民のため、この一点であります!」
心一は安倍総裁の言葉をどこまでも信じることができた。
同時に報道を目にしながら、口角を上げた。ようやく民主党という最悪の政権が崩壊する。そのカウントダウンが始まっている。
その前に始まったのは自身が加入していたダンスグループの解散だという事には、まだ気付かずにいた。彼の所属するダンスグループは路上を基本に活動しながら、時々大会に出場もしていた。
夜、心一がいつもの溜まり場の公園に行くと、すでにメンバーの宗吉、辰徳、佐江、一花が待ちくたびれいた。
遅れて到着した彼に、皆ブーブー文句を言ったが、当の本人は悪びれもせず座って本を開いた。
「何それ?」
メンバーの問いに心一は答えなかった。
「歴史? よくそんな事に興味が持てるなお前は」
表紙をのぞき込んだ宗吉が感心するような、半ば呆れるような声で言った。
「心ちゃんは元々真面目なのよ。道を踏み外す前までは勉強もそれなりにできたんだから」
一花の言葉に心一はすかさず反論した。
「別に俺は道を踏み外したわけじゃねぇよ。ただやりてえ事が見つからないだけ」
「なんで? ダンスはやりたくてやってるんじゃないの」
佐江が聞き返した。
「別に、ただなんとなく」
大学を中退して、路上で踊っていたらいつの間にかこんな歳になってしまった。高校時代から続けていたダンサーで生きるという夢はもうどこかで諦めている。夢なんてそんなものだ。見ては淡く消えていく。
周りはすでに社会人として働き出している。自分はこのままでいいのだろうか。心一はペットボトルの水を飲みながら、路上から夜空を見上げた。いつもより星が遠く感じた。
そして、何かを決意したように本を閉じた。
古びたバスケットコートが風でキコキコ音を立てている。
「俺、もうダンスやめるわ––––」
続く・・・
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