マガジンのカバー画像

小説

10
運営しているクリエイター

記事一覧

【連載小説】 『宰相』 第2話

 夏の暑さが徐々に秋へと移行する季節。自民党の総裁選挙が行われた。 「日本を取り戻す」  そう高らかに宣言した安倍晋三が総裁に返り咲いた。  戦後、一度総裁の座から降りた総理経験者が返り咲いた例はおそらく吉田茂以来だろう。 「国家、国民のため、この一点であります!」  心一は安倍総裁の言葉をどこまでも信じることができた。  同時に報道を目にしながら、口角を上げた。ようやく民主党という最悪の政権が崩壊する。そのカウントダウンが始まっている。  その前に始まったのは自

【連載小説】 『宰相』 第1話 安倍元総理追悼小説

 平成24年夏––––。  滴る汗を拭いながら、心一は猛暑の中をまっすぐ歩いていた。すれ違う人たちを横目に、やっぱりスーツで来るべきだったか、と少し焦りを感じていたが、うだるような暑さに、どうにもあの堅苦しい鎧を着る気にはなれなかった。  無論、黒のスキニーに白のTシャツである自分の格好が間違っている可能性は否めず、焦燥感からいくらか歩く速度を上げた。身なりよりも気持ちが大事だから––––と思ったもののきちんとした格好で来るべきだったと後悔し始めていた。  照り付ける陽

『憧憬』 【石原慎太郎に捧げる掌編小説】

 令和4年2月1日––––。  もっとも尊敬している人物が不帰の人となった。  尊敬や憧憬は、これからもずっとそうであり続ける未来進行形のものだろう。  憧れの人物がこの世を去るという事の喪失感は、こうも寂寥と脱力をともなうものなのか。  翻って、叱咤されるように志を引き継ぐ事を原動力にしなければと思う自分もいる。  こうもさまざま感情が入り乱れる。しかし、当の本人は生前自分の死に対して興味を抱いていたのは間違いない。  死生観について多くを語るなかで、自分の肉体

化現の蝶~天乃アメとぼくが過ごした世界の一隅~

1 遠くにあると輝いて見えたものが、近くに寄るとただのモノクロだった。何が光っていたのかその物体すら認識できなかった。  空に浮かぶ星たちとは違う。そこにあるのに届かない。届かないのは星も同じ。  願ったものほど、遠くなる。ほんとうに好きな人とは結ばれないというのが、ある種人生の定石であるように。願いを超えてそうなると決めてしまえば、それはもう祈りという尊さとはすでに次元の異なる精神的観念となるはずなのに––––。  凍てつく春––––春なのに凍てつく。  ぼくがアメ

思い出に教えられたこと(♯ショートショートnote杯)

 もう駄目かな・・・  真っ暗な部屋の中で死を連想した時、必ず暗闇の中から現れる奴が居る。  強風の中、ふたり立っていたあの海岸の、あの荒れ狂う海の、灰色の景色とともに、そいつは俺の脳裏に端然と姿を見せる。  そして告げる。 「負けんなよ」  その言葉でこれまで何度か立ち上がって来られた。  もう一度会う日まで負けちゃいけないよな、と。  その彼とは半年しか一緒に居なかったが、その半年間、ほぼ毎日一緒に居た。  苦しいだけの日々だったのに、今となってはあの十代最後

魂 (短編小説)

 日常の何もかもが無聊だった。  金曜日の夜、元也は七時に会社を出るとそのままアパートに帰る気にはなれず街中を歩き出した。華金だというのに何の予定もない。週末に会うような恋人も居ない。  途中、コンビニで缶酎ハイにつまみ、そして煙草とお決まりの三点セットを購うと一瞬の人工的な涼しさも束の間、また温くじめじめした夜道を歩き出した。  向かった先は、会社から少し離れた大きな公園。都会の中に介在する大きな森のような空間。  大学を中退した元也は、しばらくフラフラした後、代議

空飛ぶストレート(♯ショートショートnote杯)

玄関を出た文太を午後の日差しが出迎えた。 背伸びをしながら、その眩しさを受け入れた彼は、郵便受けに届いていた封筒を手に取った。 「また不採用か」 先日面接を受けた会社の印字を見つめながら、嘆息した。 バイト先で封を開けることにして、手にしたものを鞄に仕舞い込むと自転車に跨った。 厨房はいつも忙しい。気を紛らわすようにひたぶるにフライパンを振り続ける。踊る食材を見つめながら。 そろそろこのフリーター生活から抜け出したい。 業務を終えて店を出ると、自転車で夜深の街を走り出

しゃべるピアノ(♯ショートショートnote杯)

 部活帰りのいつもの帰り道。  友人たちと別れて、一人入る夕暮れの細道。  たんたららん、たら、たらららららららら  白亜の家の二階から、いつも拙いカノンが聞こえて来る。  校庭でボールを追いかけて、泥だらけになったぼくに語りかけている気がする。  たんたららん、たら、たらららららららら  音はいつもここで途切れる。  ぼくの足も止まる。  見上げた窓に向かって、 「あぁ、惜しい」  その先の旋律を期待するように心の中で呟いて、ぼくはまた歩き出す。  たんたらら

議場のランウェイ

【あらすじ】 〝政治×モデル〟  政治家の家系に生まれた真野穣と母子家庭で育った七海愛里が、互いに人生の要所要所で交差しながらそれぞれの居場所を探して行く。  カリスマモデルになってランウェイを歩くと宣言した愛里と、政治の世界でもがきながら自分のやるべきことを見つけ出す穣。  それぞれが志した先で見えた景色とは——。  幼馴染のふたりが辿る数奇な運命。 〝すれ違いこそ、人生〟 〜出逢ったふたり〜  小さな丘の上にある海響公園は海を眺望出来、文字通り濤声が絶え間なく鳴

『誄歌』 (ヴィジュアル系小説)

【あらすじ】  伝説のヴィジュアル系バンドの解散から十年。バンドブームは去り、V系シーンも下火となっていた。  ロックスターになる夢とベースしかなかったぼく(日和)に転機が訪れたのはスタジオに張り出されていた一枚のメン募チラシ。やがてVo.の瑠衣とGt.の颯斗に出逢う。そこにDr.の忍を入れて、HEAVEN'S MONSTER(ヘブモン)を結成。  平成生まれのぼくらはどんなロックを描いて行けるだろうか。だが、順調に活動して来たバンドは瑠衣に起こった異変によって形を変えてしま