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「工場の仕事」の面白さ(その①「具体と抽象の振り子」と「検証サイクルの速さ」)

私が通った大学・大学院の理系学部卒業生の進路は、①大学に残る②官公庁③メーカー研究職と言ったところが私の世代では主流だった。今だとコンサルも入ってくるだろう。就職して工場で勤務すると言う者は、今も昔も恐らく1割どころか3%もいないと思う。

だから、自分が決めた道とは言え若い頃は何となくコンプレックスを抱いたりもしたものだが、自分なりに仕事をやりこんでいくと「工場の仕事」の面白さが段々と分かってくる。以下にいくつか並べてみるが、工場で悶々としている若い技術者だけでなく、工場外の若く優秀な人にも「工場で技術者をやるってのも面白いかな」と思ってもらえると嬉しい。私は、工場の技術屋兼中間管理職というのは自分の天職だと思っている。工場の仕事、面白いですよ。

「工場の仕事」の面白さ その①:抽象⇔具体の振り子で作る仮説の効果が分かりやすく、かつ検証サイクルが非常に速い

ここで言う抽象=原理・原則である。工場の生産工程は、全て科学に基づいた原理・原則の塊で設計されている。説明不可能な超常現象は決して起きない。改善にせよトラブルにせよ、原理・原則に基づいて科学的・論理的にアプローチすれば、必ず解決できる。

一方、具体=現場・現物・現実である。工場には人が集まる現場、設備や原料、製品等の現物があり、それら全てにより構成される現実がある。工場がある限り、現場・現物・現実も常にそこにあり、そして何かが起き続けているのである。

工場業務での思考回路について、これらの関係性を見てみよう。

①抽象⇒具体

工場技術屋としては、常に抽象=原理・原則を具体=現場・現物・現実の課題にあてはめ、うまく管理できないか・何らかの改善が出来ないかと言ったことを検証する必要がある。これが抽象⇒具体の思考回路である。

②具体⇒抽象

一方で、具体=現場・現実・現物から発生する問題、或いは改善のヒントと言ったものに対し、抽象=原理・原則を適用することで、同じように管理・改善していくことも多い。これが具体⇒抽象の思考回路である。

工場で働いていると、①②が振り子のように常に行ったり来たりする。当然工場以外の仕事でも同じような思考回路は働くものであるが、工場が面白いのはその振り子から出てくる仮説の検証サイクルの回り方が基本的に非常に速いことである。

例えば、製品の歩留まりが低く、問題になっているとする。具体=現場・現物・現実の状況を元に、歩留まりが低い原因を抽象=原理・原則で推定し(具体⇒抽象)、仮説を構築・補強する。その仮説を元に具体=現場・現物・現実に対して検証を掛ける(抽象⇒具体)。そして早ければ翌日にはその仮説が正しかったかどうかの答えが出てしまう。工場の仕事は、抽象=原理・原則と、具体=現場・現物・現実の間の振り子を元に、科学的・論理的にアプローチした仮説を立てて実行すれば、「これが効いた」がほぼ確実に、しかもあっという間に分かるのである。

一方、マーケティングのような仕事だと、ある新製品ブランドのシェアを上げるためにブランドイメージを作りこむ、CMを打つ、ネットでバズらせる、値引き販売をする、等を同時並行で、かつ割と長いスパンに渡って様々な施策を打つ上に、競合ブランドや流通、景気等様々な市場動向の影響も受けてしまう。そのため、例え後々シェアが上がっても下がっても、結局のところどの施策がどう影響したのかサッパリ分からないことが多い。何より、工場と違って実施した施策の効果が一晩で出る等と言うことはあり得ない。工場技術屋からすると原理・原則も糞もない、混沌としたケモノ道のような世界である。尤もそのような世界の方が現実味があるという見方も出来るが、最終的に新製品が失敗してもまともに是正処置を立てられず、結局次の新製品でもまた同じ失敗を繰り返すのを見ていると、マーケティングというのも因果な商売だな…と他人ごとながら思ってしまう。

勿論、実際の工場の仕事は上記のように単純ではない。寧ろ工程内の様々な要因が絡み合い、原因の推定が困難な場合の方が圧倒的に多い。ただ、やはり工場の仕事のように、具体⇔抽象の振り子で仮説を立て、それがハマればそれこそ検証サイクルが一晩で終わる…というのは、現実と空想の狭間で帰納・演繹の思考回路を回すのが好きな人間にとってはある意味堪らない環境だと思うのである。【了】

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