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日本とアメリカの高校の教員評価あれこれ

日本の教員評価

「教員の評価をしようなんて、誰が考えたんですかね」という一言を職員室で耳にした。そういえば日本でも教員評価は一応してるんだった。

公立学校では勤務評定と呼ばれ、校長が評価をつけることになっている。しかし、実際のところ職員室の様子、生徒との関わりや、授業の内容など何も知らない校長がどのような基準で評価を下しているのかは全くの謎である。

勤務評定はA-Dの5段階と言われていて、大体がBかCという噂で、Aになるとボーナスが1割増になるらしい。

勤務評定は基本的には開示請求すれば見ることができるが、私は今まで一度もした事ないし、どのタイミングで査定されているのかも知らない。一度、管理職への不信感から開示請求したことがあるという同僚の先生は「僕は教頭に嫌われてたから」D判定だった、と言っていた。好き嫌いなどの主観が主な判断基準になることも往々にしてあるらしいし、それが充分ありそうなことだというのも分かる。

「教員評価なんか、いらないでしょ」というのがその先生の結論だった。

アメリカの教員評価

アメリカでも教員評価はあったが、日本のそれと比べると随分と厳しくて制度化されていた。

私が勤務した高校では、まず、校内にいる3人の教頭の中で自分の担当の教頭が年に何回か授業を見学に来た。来る前は必ず連絡があることが多く、教師もできるだけ事前に準備ができるよう配慮されていたように思う。突然くる時もあったが、もしかすると事前連絡は義務ではなく、その辺は担当者の裁量範囲なのかもしれない。見学中は生徒への聞き取りもしていて、生徒の理解度にあった活動なのか、生徒が意欲的に学んでいるかなどを見ていたように思う。その後、最終評価は開示請求する必要もなく、一覧になって担当教員へ送られてくる。送られてきた内容に不服があれば申し立てをして、担当教員とスーパーバイザーの両方が納得のいく形になるものを最終評価としていた。中には保護者との対応についてなど、授業を見てるだけでは評価できない項目も含まれているので(その辺りは適当に評価されて、送られてくるのがアメリカっぽい)「もっとこんな対応をしている」とアピールをして、評価を上げてもらえるようにアプローチをする事が大事だと聞いた。

教員評価は学校や、その先生のキャリア、管理職との人間関係、または評価する管理職のスタイルなどによっても評価方法が大きく変わることがある。他の学校では授業の様子をビデオに撮って、それを管理職が見るパターンがあったり、逆にベテランの先生はもう校長は最近は見にこないけど、毎年評価されてると言っている人まで色々だった。

アメリカの教員評価で大事なのは意外に人間関係

日本と違って、いつでも解雇させられる可能性が無きにしも非ずのアメリカでは勤務評定は日本よりはるかに重要視されている。またそれだけでなく、インターネットで検索すれば、○○高校の○○先生の評価ランキングなんていうウェブページがあったりもするぐらい評価大国なのだ。怖い。

結局のところ、校長ですらその教員ランキングにインターネットでアクセできる事を思えば尚更、生徒、保護者や地域の評価が大切であることは言うまでもないし、評価をしてくれる教頭と日頃からコミュニケーションをとることも大事である。授業力もさることながら、個人主義の国に見えて人間関係がキャリアに大きく影響すると言う点では、職場でいかに良い人間関係を築いていくかと言うことが日本よりも大切な印象をうけた。とは言っても、突き詰めれば「嫌われてたからD判定だった」と言っていた日本の同僚の評価と然程変わりはないのかもしれないが。

ちなみに私のいたアメリカの高校では校長は学区のスーパーバイザーや教頭、それに地域の人々や生徒も何年かに一度加わって評価されるそう。

日本の教員評価の行方

日本の校長はいったい誰が評価してるのだろう。というか、そもそも教員評価の項目すら知らない。校長が授業参観に来るなんてめったにないし、自分の頑張りをアピールする場もない。生徒のことは何でも筒抜けな日本の学校現場なのに、教員一人一人の能力や努力は全く見えないということに、何だか皮肉さを感じてしまう。

「校長面談の時に、各教員が頑張ってると思う同僚3人推薦したらいいんじゃない?」と誰かが言って、それは良い考えかもしれない、と思ったが、きっとそうなれば、残業してる人や週末も出勤して部活指導したりしている人が推薦されそうだなと思った。残業しているからといってその人の能力が高いわけでは無いから、それでは正しい評価とはいえない。

まずはどんな能力を持った教員がほしいか、という議論から始まるきがする。だって、そこも完璧に抜け落ちてるのが今の多くの公立学校だと思うから。

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