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第7章:秀吉の陰謀

 電話は覇王からだった。
「かえるくん、その場所は危険です。今すぐ逃げてください」
逃げる?何から逃げるということなんだろう。
「警察当局のガサ入れの情報をキャッチしています。理由は後から話します。とにかく急いで秀吉のオフィスから離れてください」
「本当なのか?」
「秀吉の動きが怪しいんです。裏インターネットの情報商人の僕を信じてください。秀吉が先日かえる君に別れ際、こう言ったはずです。『仏陀に会ったら仏陀を殺せ』と」

 確かに覇王の発言は正しかった。秀頼は僕に別れ際にこう言ったのだった。
「かえる君に気づいてもらいたんです。現実とは何かを。自分自身の内面を観察してください。自分とは何者なのかを。仏陀に会ったら仏陀を殺せ。この言葉を覚えておいてください。」

 僕は家康と一緒にオフィスを離れる。ノートPC以外は全てそのままにして。。家康はバッグから何かを探している。やがてバッグから散弾銃が出てきた。かばんから散弾銃?家康はなぜこんなモノを持っているんだ?
「インターネット通販で買ったんです」と両手で散弾銃を抱えて家康が言う。「そういう裏のインターネットショップがあるんです。なんだってネットで買えちゃうんです」
 僕は思った。なんだってネットで買えるのだと。幸いなことに散弾銃が火を噴くことはなく、僕たちはオフィスを離れることができた。

 家康からその日の夜に電話があった。あの後、本当に警察のガサ入れが入ったと家康は言った。
「オフィスに様子は見にいったんです。数人の刑事らしい人物が周辺を徘徊してましたね。僕たちがオフィスを離れてすぐのガサ入れだったみたいっす。おもわず脱糞しそうになりましたよ。牢屋になんか入ったらファミチキ食べられないじゃないっすか、シャレになんないですよ」
ファミチキだろうが、ななチキだろうがファミリーマートだろうがセブンイレブンだろうが、そんなことはどうでもいい。オナ禁の秘法により煩悩のコントロール方法を習得したと豪語している家康だが、食欲のコントロールは別らしい。
 能天気な家康は警察のことも気にせず、いつものように軽口をたたく。
「マスターベーションをしすぎる弊害。それは握力の過度の強さなんですよ。ほら、自分のアレを握る握力って強いでしょ、男ですから。だから女性の膣内で不感症になっちゃうんですよ。膣内射精障害っていうんです。かえる先輩もオナニーのしすぎには気をつけてくださいね。おやすみなさい」
 もはや40代の僕には我慢すら必要もないことを若い家康は理解できないのだろう。まあ面倒だ。その話題はやり過ごそう。とにかく僕たちは間一髪でブタ箱入りから救われたのだから。
 
 翌日、目白にある覇王のオフィスを僕は訪れた。そこは恐ろしいほど無機的で簡素なオフィスだった。そこに覇王のビジネス哲学が反映されている。無駄な固定費は1円たりともかけない。
 このビル物件だって同じビルには新興宗教の支部が入居している。普通のビジネスオーナーや事業者なら入居を見合わせるだろう。でも、だからこそ家賃はディスカウントされる。
「多くの会社が傾くきっかけは見栄です。無駄な固定費。事務所を一等立地の立派なビルに構える。内装や家具に凝る。俺たちはイケてるという幻想を周りに与え、いつの間にか自分自身もそれに騙されてしまう。自分を見失っているから身分不相応なビジネスを手がけて失敗する。そうすると固定費が重いため、あっという間に資金繰りに窮する。僕はそんな愚かな経営者は数多く見てきました」
 なるほど。無駄な固定費は1円たりとも使わずに、その潤沢なキャッシュを若い女に使う。それが覇王式のポートフォリオ経営なのだろう。パパ活界を制圧した独自のビジネス哲学。

 僕は本題に入る。
「なぜ警察の介入を察知できたんだ?」
「僕は裏のインターネット世界の情報商人です。情報こそが金ですから。業界では捜査当局の介入の噂が飛び交っていました。そして秀吉がその捜査対象であることも知ったのです。
「ネット業界の噂なんて玉石混交だろう。それなのに今回はなぜ・・・・・・」

 覇王はまずアダルト業界の今の状況を説明しだした。大手アダルトビデオメーカー以外の個人撮影、素人制作者が問題視されていることについてだ。
「警察は大手アダルトビデオメーカー以外の個人撮影、素人が扱うアダルト商品を一斉に取り締まろうとしています。過激化に歯止めが効かない業界の現状を、当局もついに見過ごせなくなったのです」

 素人制作者によるアダルト動画制作は昔から存在している。なぜ今になって?
「アダルトビデオへの出演強要被害などが国会で問題視されていることも、警察が動いた一因でしょう。政治案件。それにメディアはアダルト制作者と反社会勢力のつながりをバッシングしはじめています。警察にとってはマスコミ向けのパフォーマンスの必要もあったようです」
「でも家康が作ろうとしていたアダルト作品は合法的なものだ。販売者が大手メーカーか一個人かの違いでしかない。なぜ?」
 覇王は言う。
「警察にとっては合法か否かなんて関係ないんです。契約もしっかりしモザイク処理した合法的なものだろうがモザイク処理も無い違法なものだろうが。ホワイトだろうがブラックだろうが、個人のアダルト制作者を一網打尽しようと警察はしています。逮捕の理由なんてなんとでも後からつくれます。警察にとっては、アダルト商品を制作する奴なんてどうせ犯罪予備軍の社会の寄生虫くらいにしか考えていないんです」
僕の脳内格納倉庫の扉が開いていく。

脳内ログイン。

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国会審議で山内議員の質問に対して田口国家公安委員会委員長が実態調査に乗り出すことを約束した。実態調査にあたり民間団体から被害状況の聞き取りを近く実施する。このようにアダルト業界の問題が政治の場面でも表面化しており、その布石として違法アダルト業者の逮捕が相次いでいるのである。

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モザイク処理の濃度は尺度が曖昧である。業者は摘発のリスクが低いと考え薄めのモザイク、いわゆる『薄モザ』で作品を出品している。

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無修正動画は日本では当然ながら違法です。それを理解しつつ、金に目がくらみ摘発覚悟での無修正の作品を売っている個人撮影事業者が増えている。

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脳内情報をシャットダウン。

 秀吉の動きが気になると覇王は言った。僕と秀吉が組んでエロコンテンツ制作を手がけると聞いて、覇王は何かが気になったのだと言った。
「秀吉は優秀な男です。その秀吉がこの時期の警察の介入を予想できないわけがない。それに今回の警察の介入が仮になかったとしても、かえる君と家康は猥褻罪で捕まる運命にあったでしょう。それを秀吉が予想できないわけがないんです」と覇王は首をかしげる。
「僕が猥褻罪で逮捕?」
「そうです。猥褻罪もしくは青少年健全育成条例違反です。児童ポルノ。あのまま家康とビジネスを続けていたら・・・・・・遅かれ早かれ、かえる君は法を犯していたでしょう」
 覇王はゆっくりとエロ業界の闇とアングラカルチャーの真実を語りだした。覇王の目が緑色に輝きだした。

【つづく】

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