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7月の7分間。

先月、自販機でお茶を買ったら全部凍った状態で出てきてびっくりした。
時は7月のモロ炎天下。
もう死ぬほど暑くて、私は美容院までの徒歩7分の間に熱中症になりかけていた。

やたら固いペットボトルだなと思ったのは覚えてる。蓋を開けて飲もうとすると一滴もお茶が出てこなくて、私はそこそこの音量でそこそこの力を使ってシャウトしていた。

「これ飲めないじゃん!!!」

真夏に凍ったペットボトルを自販機から放り出すのは、生命の危機を感じるので今後は全力でやめて欲しいと願う。
カチコチの水分は、即飲めないから泣きそうになるし、またペットボトル自体が無茶苦茶変形しているのも怖い。そして、ラベルにはキチンと冷凍不可商品と記載されているのも狂気だった。

とにかく私はハアハア言いながら、溶けかけためちゃくちゃ苦い液体と化しているお茶を飲み(先に溶け始めるのは水分ではなくお茶成分のそれなので、初めは苦くなる)徒歩7分の美容院にたどり着いたのだった。

お茶はまだガッチガチに凍っていて、蓋を開けた瞬間に溶けた水分たちが溢れ出る。
私はわずかな水分すら舐め損ね、むちゃくちゃ惨めな気分になりながら美容室に入店した。
さしていた日傘は、その惨めさを減らすには不十分すぎ、もはやこの日差しを遮るべく雨傘をさしてきた人に擬態するに、十分すぎるシチュエーションだった。

すったもんだのあげく美容室に入った。
そこで真っ先に指摘されたのは、

日傘にタグがツキッパー問題

だった。
というのも、美容室の予約時間まであと15分にもかかわらず、私はトイレに行きたくなり、自宅で用をたした。
そのため日傘のタグを切る時間を省略し、とっとと家を出たわけだが、そのタグが目立ちまくっているということを指摘されたのだ。

通りでここまで歩く7分間の間に、やたら人にジロジロ見られている気がしたのだが、このタグが原因なのかと、改めて納得した。
たしかにそんな気はしていたが、そんな取るに足らないもの、なんなら日傘に風鈴を付けている人くらいに思ってくれるだろうと思ったが、世の中そういうわけではないらしい。

凍ったペットボトルを片手に美容室に入ると、その尋常じゃないほどの結露の量に驚いた。
ダラダラ100%の水がボットボトに落ちてくるので、馴染みの美容師さんがタオルを差し入れてくれた。
もはや喉の渇きはその結露水さえ飲みたい勢いだったが、さすがにそれは控えておとなしくペットボトルを拭き、その下に差し込む。

ああ、惨めだ。
満を持して、自販機でお茶を買ったにも関わらず、それすら飲めずに美容室でシャンプーをされている。
今私はシャンプーより、そこから流れている水を飲みたい。ガブガブ飲みたい。

そんなことを妄想しながら、エアコンの効いた部屋で幾分喉の渇きが抑えられたころ、私はようやく結露しまくりのペットボトルの蓋を外し、

苦味エキス

と化したお茶を啜った。
美容院のでかい鏡に映る私は、おそらくここに映った人間の中で最高に惨めだったに違いない。


髪は一瞬で切り揃えられた。

美容師との雑談に本気を出した

結果、知らぬ間に10センチちかく短くなっていて、首が丸出しになっていた。
美容院に来て、これほどまでに自分のヘアスタイルに無関心だったことも初めてだが、この段階まで本気で雑談したにも関わらず、きちんとリクエスト通りに切られていたのも衝撃的だった。なんなら、私は何をリクエストしたのかすらもう忘れていた。

忘れ物を探して。

そういうクエストだったのかもしれないが、それは鏡の中にいた。

帰り際、日傘のタグ切ろうか?と美容師に声をかけられた。
あっ、すんません。お願いします。
そういうと、それで歩いてくるなんてすごい勇気と言われ、一瞬オレは勇者か?と思ったが、ただの堕落者なだけなので、その考えを改めた。
ありがとうございました、と言って美容室の扉を開けると、リリンリリンと鈴の音がした。


日傘をさしてもタグを切っても外はむちゃくちゃ暑かった。
ようやくお茶になった、ペットボトルの中身を飲む。先ほどまで凍っていたからそれはキンキンに冷たくて、結構おいしい。


でもさすがにあかんよな。
飲めないお茶は、お茶にあらず。
炎天下に凍ったお茶は、もはや事故である。
私はそう思い、とりあえず自販機の販売元に電話をすることを、決めた。

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