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愚かな女。4のあとがき〜あの頃について思うこと〜

愚かな女。シリーズはこれにて終了です。
お読みいただき、ありがとうございます。
※本編はこちら↓

そう、タイトルはそういうオチです。
他人の事を、10年以上ぐちぐちと練り続けた私こそが愚かな人間と、自分で自覚してます。
以前からそういう人間だという自覚はありましたが、それにしたって嫌なヤツです。ホント。

千夏は所詮、赤の他人です。
ほかの同級生たちのように
「千夏ちゃん、頑張ってるよね」
と思えてしまったなら楽なのに、と未だにそう思う時があります。もし、また同じ意見が耳に入ってきたら、私はまたあのドス黒い卑屈な気持ちに引き戻されそうです。あぁ。嫌だ嫌だ。

私が、千夏をもっとも激しく妬ましいと感じたのは、同級生から称賛を噂を耳にした時でした。
つまりごく最近のことです。
正直、第1子の出産から1年間は記憶すら曖昧ですからね。今は嫉妬できるぐらい余裕があるんでしょう。そして、何度も浅はかだなと感じたことを思い出しました。あーあ、さっさと忙しくしなきゃね。

そんな経緯で、つい彼女のことを振り返ってしまいました。
なぜあんなにも浅はかな彼女が、自分の行動の責任をとっているだけの彼女が、しかもそれすらも多大な両親の支援を受けて生活する彼女がそんなにも認められるのか、私には分かりません。
多分、分かりたくないんでしょうね。

千夏と我々の間には、差別にちかい区別がありまました。それは差別ではなくなりましたが、相変わらずとても近い場所をウロウロとしています。
私のうかがい知らぬところで、千夏も嫌なことを言われたでしょう。
両親ともうまくいかず、揉めたという話も耳にしました。それでも笑顔で笑う千夏は、あのときのままでした。

「千夏ちゃん、すごいよね」という女たちは、みな他人事としてそれを捉えています。
高みの見物で千夏親子たちを見下し、すごいすごいと称賛します。
無論そこには、たくさんの思惑が含まれています。そして全員、それに気づかぬふりをする。もしくは本当に気づかない、おめでたい人なのか。

私はそういうやりとりが大嫌いです。
あなた達だってさ、いつどんな形でパートナーがいなくなるかもしれない。あなた達も、明日には千夏のようになるかもしれないよ。それは私だって同じです。
みんな、分かってる?

本文では、千夏の職業はファストフード店勤務でしたが、実際の千夏はそうではありません。
千夏はもっと過酷な、肉体労働の場に従事しています。
とにかくお金を稼ぎたいからと、千夏自ら希望しその職に就いたそうです。
表面上は、人間関係が楽だから〜などと言っていましたが、その本音は全く異なります。
千夏は千夏なりの、誰にも甘えず自立していこうという強い意志があったのです。

それから、千夏には誰もが予測しなかった不幸が一つ襲いました。
それは出産時に、彼女の下肢の障碍が悪化した事です。

千夏には、原因不明の下肢障碍がありました。
私が彼女を知る頃には、それはほとんど分からなくなっていて私は気がつかなかったのですが、それを知った上で彼女の歩き方をみると、たしかにぎこちないのです。
日常生活に支障はないと、彼女は言い張りましたが、実際はそうではなかったのは言わずもがな、というやつです。

千夏は、はじめリハビリという形で、幼少期からダンスをしていたようです。
次第にそれにのめり込み、クラシックバレエにポップダンス、さらには日本舞踊まで習いました。舞台に立つためにボイスレッスンにも通いました。千夏の両親は千夏への投資を惜しみませんでした。それがあのような事が起きるきっかけにもなり、今現在千夏親子が健やかに生きている理由にもなります。
人生とは、不思議なものです。

出産直後より幾分症状はよくなったと聞きましたが、今もその症状と付き合いながら、千夏は仕事を続けています。
最後にあったとき、千夏は身体のあちこちにサポーターをつけていました。
千夏の母は、職場の人に話せばいいのに言い、私もそれに同意しましたが、千夏はいやぁ、言って笑うだけでした。
今ではその千夏の気持ちがよく分かります。
区別も差別もされたくない、そしてなにより職を失うのが怖かったに違いありません。

あの痛々しい身体を見て、千夏がどういう思いで生活しているのか考えなくてははならないのに、私は今に至るまで全く、理解しようともしませんでした。
私はしたたかな戦略を選んだ人間です。
弱者のレッテルを貼られたら、それを最大限に利用します。実際そうやって生きてきました。
私がそれを理解し実行したのは、僅か5歳です。
だから千夏がなぜ意地を張るのか、当時はその意味すら考えようとしませんでした。
本当に、ただの愚直と思っていました。

千夏の生き方を、不器用と捉えるか、強さと受け取るか、皆さん勝手にジャッジしてください。
あの時の不幸から千夏は、ずっと前を突き進んでいます。それはとてもいいことです。

千夏とは、本文上では書かなかったところでも、多少のやりとりがありました。
ただ、千夏のその大らかさと楽観的思考がトラブルの元なり、私は連絡を断ちました。
その件について、私は千夏に対し容赦なく怒り、注意しました。
それも原因の一つなのか、それ以降千夏と連絡を取り合うことはありません。

私も千夏も、本来交わる人間べきではなかったのかも知れません。
私も、過度に貧しい暮らしをしたわけじゃありません。でも、なにもかも千夏とはちがいました。
あの頃の私の家に、ハタチの千夏がやってきたら、千夏親子の今はないでしょう。
それを千夏が理解できるでしょうか?
もう考える必要もないくらいに、答えは出ています。

私たちの距離は、もう離れすぎてしまいました。
わざわざ会うこともありません。
噂を耳にすることもなくなりました。
それでいいと思っています。

千夏は、高校生の頃に付き合っていた彼氏と再婚しました。
無論たくさんの反対意見、とくに義母にあたる人間のそれは凄まじかったようです。
しかし千夏親子は、それすらも乗り越え、今では千夏の息子と義母は仲良しだそうです。
千夏の生き方が、千夏の信念がそうさせたのでしょう。大したものだと思います。

千夏はもう浅はかな女の子ではなく、地に足のついた素敵な女性になりました。
千夏の新しい家庭が、幸せであり続けることを、そっと祈るばかりです。

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