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愚かな女。2

千夏が東京に行った、と知ったのは確か私が高校3年生になったばかりの頃だった。

千夏が東京に向かうのは必然だった。
こんな田舎にいつまでもくすぶっていてもしょうがないのは、誰もが分かる事だった。
アルバイトである程度お金を貯めた彼女は、大好きなダンスをするために、誰にも邪魔されないために、付き合っていた彼氏とも別れを告げ、東京へと旅立っていたのだった。


そしてそれから音沙汰なく数年が経ち、何事も無かったかのように地元の成人式会場にフラリと千夏が現れた。

私は驚いた。
千夏ちゃん!というと彼女は、桃ちゃんと私を呼び、優しく手を振ってくれた。
その後千夏は成人式会場で、私と共に行動してくれた。
地元に友人が少ない私にとって、千夏の存在はありがたかった。千夏も随分と長い間地元を離れていて、あまり居心地は良くないようだった。お互いに利害が一致したであろう私たちは、別々になったり共になったりしながら、その時間を過ごした。
式典では隣に座って、よく分からない市長の話を聞いた。
千夏は相変わらず明るくて、赤い振袖がよく似合っていた。

式典が終わり、千夏と2人で写真を撮っていると、唐突に赤ちゃんのことを教えられた。
バックの中にはエコー写真と母子手帳が入っていた。いつでも持ち歩かないとダメなんだってと、自慢げに彼女はいった。
私は驚いたまま、そうなんだ、とだけ言った。
千夏はその事実を、私以外には秘密にしいるようだった。

私たちの住む田舎では、成人式終了後に同窓会のようなものが行われる。
千夏と私は参加を見送った。
そういうのはもうめんどくさいし、わざわざ会いたい友人たちもいなかった。少なくとも私はそう考えていた。
そんな頃に、同じ高校出身の友人ミキからメールが来た。せっかくだから遊びませんか?という楽しい誘いだった。
我々は振袖を脱皮のごとく脱ぎ捨て、最寄りのカラオケボックスに直行した。

千夏とミキは、実は同じ英語科だったのだが、互いに面識はなかった。しかし千夏の底抜けに明るさで、人見知りのミキを懐柔させることに成功した。
そしてハタチの女の子が騒ぎ楽しむのに、カラオケほど都合の良い場所はなかった。
3人で喉が枯れるまで歌い続け、きがついたら夜になっていた。

皆で小休憩をしていると、また千夏が自慢げにそのエコー写真を見せできた。
ミキは突然の事に驚き、えっ、そうなんだ、と言うと、取り出したタバコをすぐさまカバンに引っ込めた。
そこからは勢いづいた千夏が、一気にお腹に赤ちゃんができる過程を話し始めた。

結婚式はもうすぐ挙げること。新居は東京に構えること。現在通っている定時制高校の先生は喜び、無理するなと言われた事、そして東京で出会った彼氏のセックスが上手いこと。矢継ぎ早にのろけ、捲し立てた。
私たちはその言葉一つ一つに驚くしかなかった。へーとかほぅーとか息継ぎをするように返事をした。

「実はね、彼氏とは別れそうだったの」
赤裸々に東京の彼氏の、そのセックスの内容を話した後、千夏はぽつりと呟いた。
千夏の話はこういう事だった。

彼氏とは喧嘩続きで別れそうだった。
だからあえて危険日にセックスをした。
彼とするときはいつも避妊はしてなくて、だから彼とするのは気持ちがいい。
千夏はデレデレというに相応しい笑顔で話をした。

避妊はどうしているの、と私は心底バカな質問をした。ミキはコップに入った炭酸飲料を見つめて動かない。
待ってましたとばかりに、洗い方があるんだよ、と千夏はいう。
秘密だけどね、それすれば妊娠しないから、とニヤつきながら千夏は答えた。私は千夏から視線を外した。
きっとコーラで洗うとかそんなヤツだろうと、DAMチャンネルに出てくる若いアイドルを、ぼんやり見つめながら思った。

まだ千夏の話は続いていた。
普段から避妊はしないから彼氏も油断しててさ、
洗うのも安全日だからって言ってしなかったの。したら赤ちゃんができて、彼とも結婚できたの。

千夏は終始にこやかに、当たり前のことのようにことの顛末を話す。
千夏の顔には、タガが外れたハッピーしか見当たらない。


とどのつまり、千夏は終始自慢げに、我が子を利用し男を引き止めたことを話し続けたのだった。
私は聞いていて不快感が抑えられず、テーブルに置いたオレンジジュースを一気に飲み干した。

私はお腹の赤ちゃんが心配になった。
もうすっかり千夏に対して呆れてしまい、もう息継ぎ代わりの相槌すらまともに打てなくなった。
ミキは歌っていい?と我々に聞き、十八番を歌い始めた。その曲はもう2回目だったけど、そんなことはどうだってよかった。
とにかく空気さえ変われば、どうだってよかった。

千夏を家まで送り届けると、ミキはタバコを取り出し、深く深く吸い込み、長く煙を吐いた。
千夏ちゃん、すごかったね、と私がいうと、うん、と小さくミキが言った。
風は冷たく、タバコの匂いがする。
でもそれですら清々しかった。
私たちもすぐに別れ、家路についた。
千夏とミキと私と3人で遊んだのは、これが最初で最後だった。

月日が経ち、千夏から桃ちゃんに会いたいという連絡が来た。
産まれた赤ちゃんはもう生後3ヶ月だという。
なぜか、私の母もぜひ、と勧められたため、2人で手土産を持参し千夏の実家へ行くと、千夏と千夏の母と、かわいい赤ちゃんが出迎えてくれた。
赤ちゃんは、男の子だった。

そういえばダンナさんは?と聞くと、
「うちの娘ね、離婚するの」
と、真っ先に千夏の母が口を開いたのだった。

続く。

※前回はこちら。

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