平成生まれが選ぶ【平成の建築10選】_ポストモダンを簡単解説
「平成」と言う時代を語るためには、まずポストモダンについて勉強しなければなりません。
建築学生さんは学校で必ず、モダニズムやポストモダン等の単語を聞いたことがあると思います。なんとなくは分かっていてもいざ「ポストモダンって何?」と聞かれると、答えられない人も多いのではないでしょうか?
今回はまず簡単に「平成」の建築を生み出した【ポストモダン】という芸術運動について簡単に書いていきます。
【モダニズム】
モダニズムとは、簡単に言うと「近代」という意味です。建築におけるモダニズムは、それまで神や自然を尊重して作られたいた時代の「装飾」を取り除き、建築は「人間重視」として考えるべきだという芸術思想です。
コンクリートやガラス等を用いて、機能的に又は合理的に「人が使いやすい建築」を作ろうというものです。
モダニズムと同時に使われる言葉としては、「機能主義」「合理主義」「ヒューマニズム」というものが使われます。
モダニズムの先駆者といえば「ル・コルビジエ」です。日本でも同じような時代の流れがあったのです。
【ポストモダン】= モダニズムの後
ポストモダンというのは、モダニズムの「後」という意味ですが、簡単に言えば「合理的に考えるだけではなくて、自然環境や人の個性を建築に表現しても良いのではないか」という芸術思想になります。
日本におけるポストモダンの前は、戦後の住宅難を住宅のシステム化、つまりは合理的に作ることがテーマになっていました。しかし、住宅公団やハウスメーカーの存在によって住宅難がある程度解決すると、建築家たちは、「建築家の作家性」を売りに設計をしなければ生き残れないという背景がありました。
システム化によって均質化された街をなんとか変えようとしたのです。
「合理的や機能的に建築を作った結果、街が均質化し同じような建物が並ぶ風景が生まれた」と建築家たちはモダニズムの問題点を提示して、自分ならこう出来るという「作家性」のある建築を提案していったのです。
それがポストモダンの根底にあります。
ポストモダンと同時に使われる言葉としては、「環境主義」「個性」「多様性」というものがあります。
昭和の最後から平成の始めの時代では、この【ポストモダン】という芸術思想によって建築が作られていきました。
【震災によって崩壊したポストモダン】
しかし、2005年阪神淡路大震災や2011年の東日本大震災を経験して、「建築に作家性は必要なのか?」という疑問が生まれ始めます。
その疑問は、システム化して大量生産する住宅とは違うフィールドで「作家性」を武器に戦ってきた建築家たちには痛手でした。
「作家性」は必要なくなれば、自身の存在意義が失われるからです。
ポストモダンの頃には、個性をそのまま外観に表現した建築もいくつかありました。例えば浅草にあるアサヒビール本社が有名ですが、ビルの屋上に筋斗雲を載せたデザインになっています。この建築を当時から「アイコン建築」と批判した建築家はいましたが、ポストモダンという時代の流れだからこそ生まれた建築でもあります。
しかし建築家たちは、深刻な被害地域を目の当たりにして、大袈裟にいえばこのような「アイコン建築」等の外観に個性を表現しただけの建築は意味がないと言う建築家が増えました。
だからこそ建築家は「作家性を外観に表現する」のではなく、「私の作家性ではこのように街を救えるのではないか」と考え、ハードとしての作家性よりもソフト(人の活動)を考慮した作家性のある建築を目指してきたのです。
「人のための作家性」という考えが浸透してきた背景にはこのような流れがあったのです。
【平成の建築10選】の評価ポイント
私は目利きの建築家でもなければ、建築を初めて日が浅い、ひよっこの建築士です。
それでも、今の学生近い立ち位置やこれから建築業界を引っ張る立場として【平成の建築】を評価することに意味があるのではないかと考えています。
だからこそ、【平成の建築10選】を選ぶとき重要視したことは、ポストモダンという時代の流れの中で生まれた「建築」が地域住民に対して何が出来たのか、街に対して何をプラスできたのか、または時代の変革に伴って建築の概念を新しいものへと変えた建築を選びたいと考えました。
次回、平成生まれが選ぶ【平成の建築10選】を発表します。
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目利きの建築家たちが選ぶ【平成10大建築】は下記の本に詳しく載っています。特に今の学生さんや建築を初めて日が浅い方は是非購読することをお勧めします。
この本を読んだ感想は下記コラムに書いていますので、そちらもご覧いただけると嬉しいです。
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