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【詩】沈没歌

夕焼けをし潰すように夜の帳が降りてきて(ヒグラシの音に合わせて)、ぼくは緞帳の表側を見てるのか裏側を見てるのかわからなくなった。両ななめ45度からのライティング。眼と赤い背もたれをのみ込んだ闇。どこからか鳴り続ける拍手。準備できてないことに気付いた恐怖。こんな夢みたいに色鮮やかに並んだセブンのおにぎり。なんか有名なデザイナーがやったんだって。それはすごいね、はい、321円。蒸し暑さが纏わり付いて、沼に沈んだ世界だった。
――前髪が視界に入るみにくさは肺を患った野犬のようで
沼って、透明になれそうな薬みたいな緑をしていると思っていたから、はじめて実際に見たとき、なんか普通で、身近にありそうで、それから沼で事故が起きたというニュースを聞くたびに、死んだのはぼくなんじゃないかと思うようになった。残酷な一言くらい冷たくて、やわらかい泥の感触が蚯蚓みみず鳴きのように地面へすい込んでいって、行方不明になる。ニュースは無事保護されました、で終わっていたから、けっきょく、ぼくだけが行方不明のままだった。
 
風を待っている、風を待っている、汗ばんだ肌が待っている、風を待っている、風を待っている、襖にもたれて待っている、風を待っている、風を待っている、風を待っている、指を通してくれた髪を垂らして待っている、風を待っている、月を見ていた、風を待っている、風を待っている。短い夜は、嘆きも、苦しみも、短く済んでいるとでも思っているのですか?
――美しい一閃いっせんの傷をつくるのは宮本武蔵についての本
もがいて、もがいて、必死に水面に顔を出すように目覚めた布団がそのまま残っていた。美しい雪の結晶を溶かす温度を持っているお前は最低だと言われて、言われて言われて、吹雪のように叩きつけられ続けて、ぼくは美しい氷の像になって、やっと役に立ったなと言われる。日本海側に住んでいたわけでもないし、タバコの銘柄を覚えているわけでもないけど、役に立ったなと言われる。ぼくの心臓に降りた霜を、踏み荒らす音を聞いてみたいものです。



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