【詩】ヴァレンタイン

冬が終わる時期になると 春の壱番隊がやってきて 研ぎ澄ました包丁で 夜空の表面の鱗を 魚市場みたいに剥がす音がきこえる 冬のあいだ 恋人たちの敵役だった 鱗が 飛び散る つめたくてよくきれる 皮膚が切れて 肉の断面が見えても 血は流れていなかった 自分の肉体じゃないのかもしれない 自分の肉体とスウェットの 境界線がなくなっているのかもしれない 夜よりも 自分は にんげんじゃないんじゃないかということのほうが 恐かった
昔 授業で 憲法に自殺する権利はあると思いますか? という問いに あると思う人が立ったら 僕以外の 三十人が みんな立った 自分の命は自分の物だから自分で終わらせる権利がある と耳にきこえてくるものに 言い返せなくて でも 肉体的に違うとおもってて 残りの授業は 魂が 血の汗を かいているみたいだった
名前が つけられていれば 知っていた きもちもあったと思うから 僕がいま 泣くことしかできないのは 三四〇八ページに収まった 辞書のせいだ コミカルな 雨が 屋根を叩く みたいな リズム を楽しむものが会話らしくて 僕が それを楽しめないのは 辞書のせいだ 血液から絞り出した 言葉が 暴力的に ひとりごとへと変えられてしまうのは 辞書のせいだ
キスの前に 迫ってくる唇から 血液を蒸発させたような熱さの 息がもれている 口腔内は まちがって出てきた 肉体内みたいだ 幾多の生を殺してきた 口を にんげんは 愛の最前線にできるらしい 僕は 唾液に混ざる雑菌を殺す 司令部直属免疫器官所属の 一兵卒なんだ 今年で二十六歳 未熟な大人になりました
 
 
これでもまだ チョコは血を固めて作っていない と思いますか?



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