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僕の音|散文

あの日、僕は何をしていた……

ふっ……、と世界から音が消えた
僕は無意識で歩きだしていた
気づけば目の前には液体が揺れている

……あぁ、海か。

記憶のなかの薫りを頼りに海を感じる
きっと、これは海……
いや、確かにこれは海なんだ
何となく懐かしさに鼻の奥がつんとなる
ただ、そこまで込み上げるものはなく
僕は其れに背を向け両手を広げた

星のお喋りこそ聴こえはしないが
月に見守られる気配を背に聞きながら
僕はそのまま呼ばれるようにダイブする

……海月が、見ている。

ゆらゆらと僕から離れていく気泡……
海月のど真ん中を貫いたそれは
遠くなっていく闇陽炎に呑まれていく
どんな音ならそれに似合うのだろうか

優雅に見せかけた人魚が横切っていく
残像のような尾びれを揺らめかせて
それは時に誰かの髪に絡まり解けては
決して美しい光景ではなく意識を狂わす

何気なく僕はみぎの手を伸ばしてみた
指の隙間に見えるもの全ては疎ましくも
淡くなっていく月のあかりに安堵する

……すとん、身体が沈む。

背中に感じたものは柔らかな鉄の記憶
おかえりなさい、そう包み込まれる感覚
ぱふん……と吐き出された最後の気泡に
僕は身体を起こして地面を蹴りつける

……あぁ、思いだした。
あの日、僕はこの海に死んでいた……

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