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異語り 094 跡取り

コトガタリ 094 アトトリ

僕が生まれた時に祖母は大喜びしたそうだ。
女の子が2人続いた後の男の子だったので「待望の跡取りができた」ということだったらしい。
うちは僕が生まれた時から転勤族のサラリーマン家庭だったから、実際に跡を継ぐような家や職務がある訳ではない。

祖母が嫁いだ頃は家で商いをしていたそうだが、それも曾祖父が亡くなった時に祖父が廃業してしまった。
僕の父は1度も家業に携わる事なく今の会社に就職したと聞いている。
廃業の理由も負債や経営不振などというわけではなく、年齢と世情を鑑みた結果による平穏な撤退。
なので祖母は未だに大きな家で悠々自適な生活を満喫している。


時々遊びに行くと大張り切りでご馳走は並べてもてなしてくれる。
「跡取りが~」とは言っていたが2人の姉と差別するようなこともなく、父が特別扱いをされているようにも感じなかった。

ただ、祖母の家に泊まる時だけは、必ず父と僕だけが一緒の部屋に寝かされた。
まだ母親と離れがたい幼少期からこれは厳守されたため、僕は幼い頃祖母の家に泊まるのは好きではなかったと記憶している。

僕が高校生の時に祖父が亡くなった。
葬儀は祖母の家で執り行われ、集まってきた親族方も皆家に泊まることになった。
部屋数は多かったが、それ以上の親族が集まったため、各部屋に五・六人ずつ詰め込むような状態になった。

そんな時でも僕と父は2人だけでいつもの部屋を使っていた。
部屋は大きな畳の八畳間で、押入れと小さな床の間があり、窓が一つ付いている。
古い旅館の客室のような雰囲気だ。
普段はまったく使っていない部屋らしく、押し入れには僕たち用の布団だけが収められていた。

日中は人の出入りを制限されていなかったので、暇を持て余した親戚の子供らがチョロチョロと出入りしていた。
子供は本当に自由だ。
慣れていないはずの家であっても、かくれんぼとなれば遠慮なくあちこちの扉を開けまくっていく。

当然この部屋の押し入れにも目をつけ、ためらいもなくその中へ潜り込んでいった。

「ねぇ、なんでお化粧台があるの?」
すぐに押し入れの中から声がした。
「お化粧台?」
下段はいつも何も入っていなかったはず。
不思議に思い子どもが潜っていったのとは反対側の襖を開けてみた。
奥を向いていた少年が振り返る。

彼の前には細い座卓のようなものがあり、その上に鏡が一つ乗せられていた。
確かに鏡台に見えなくもない。

でも僕にはもっと儀式的な何かのように感じられ、これは触ってはいけないんじゃないかと思い立った。
「あー、なんだろうね、今日のお葬式で使うものかもしれないからここに隠れとはやめとこうか」
「はーい」少年は素直に返事をして部屋を出ていった。

鏡台もどきをじっくりと観察する。
と言っても、シンプルな鏡がシンプルな座卓の上に乗っているだけだ。
霊気や邪気なんてものは見えないし、感じもしないから何も分かることはなかった。


その日の夜、前夜も遅くまで飲んでいた父は昨夜よりは少し早めに部屋に戻ってきた。
布団に入るとすぐに大いびきをかいて眠り始める。
僕は変な時間に起こされたため、うまく寝付けずにまどろみの中をさまよっていた。


父のいびきに混じりスーっと軽い音がした。


父の足元側にある押し入れの襖が開いている。


ぼんやりとしながら見ていると、白っぽい何かがこぼれ出てくる。

なんだろう……

もっとしっかり見ようと体を起こそうとしたら、動けない。
金縛りというやつだ。


そんな状態なのに大した恐怖を感じることもなく、目玉だけを動かしてこぼれ出てきた白いものの行き先を観察していた。


白いものは押し入れの戸の前に少しずつ山積みになり、ある程度の大きさになると今度は縦に伸び始めた。

すらりと伸びあがったそれは人のようにも見えるし、ただの棒のようにも見える。

相変わらず恐怖心はない。


白いものはスーッと足元を滑り部屋の端まで行く。部屋の隅を回るように音もなく移動して徐々に自分たちの頭の方へ近づいてくる

うわっ、やだな

嫌悪感はあるが、相変わらず恐怖はない。


白いものは父の顔のそばまで来るとピタリと立ち止まった。
腰を九十度に折り曲げるようにして父を覗き込んでいる。

しばらくすると再び白いものがまっすぐに伸びる。

うわっ、くる

隣に寝ているわけだから、次は自分の番だ。

怖くはなかったが、なんとなく気味が悪いので目をつぶり寝たふりをする。

気配も何も感じない。
でもきっとまだいる。
バクバクする心臓を無視しながら必死で呼吸を整え、寝たふりをし続けた。


どれくらいそうしていたのか、ふと体が軽くなった気がして薄目を開けてみた。
もう部屋の中に白いものはなく、押し入れの襖もしまっていた。


何だったのか……。
そのままぼんやりしているうちに再び眠ってしまったようだった。


翌朝、祖母が部屋から鏡と座卓を回収していった。
「それは何だったの?」
「あー、じいさんがなくなったからねえ。次の確認をされたのさ」
「確認?」
祖母は微笑むばかりでそれ以上は聞きそびれてしまった。


次に祖母の家に泊まった時、部屋の床の間に大きなコケシが置いてあった。  母がそっと部屋を覗きに来て、黙って出て行った。

その日からその部屋には父だけが寝るようになった。

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