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異語り 091 主のいる部屋

コトガタリ 091 ヌシノイルヘヤ

「幽霊とかは見たことないんだけど、小さい頃からカンだけは良かったの」
久しぶりに会った叔母は、手土産代わりだと言って不思議な話を聞かせてくれた。


家はばあちゃんがいろいろ厳しい人だったから、朝の「おはよう」の挨拶から始まって夜の「おやすみなさい」まで、それはそれはうるさく躾けられたの。
でもそのおかげでお友達の親からは「礼儀正しいいい子だ」ってよく褒められていたから、うるさいとは思ったけど言うことは聞いていたの。

昔は今みたいにゲームとかはなかったから、遊びといったら鬼ごっこやかくれんぼをよくしていたと思う。
その日はお友達のお家で遊ぶことになって、みんなでかくれんぼをすることになった。
そうしたら、その家の子が「一つの部屋には1人しか隠れちゃダメなことにしよう」って言い出した。
「入っちゃいけない部屋は親の部屋だけだからちょうどいいでしょう」って。
確かに隠れられそうな部屋は、その子の部屋とリビング、キッチン、納戸と仏間くらい。
メンバーは5人だったので1人1部屋なら探しやすそうではある。
みんな了承して、鬼決めジャンケンをしたら自分が鬼になっちゃった。

入っちゃいけない「親の部屋」の扉に額をつけて数える。
足音があちこちに移動するのを聞きながら百まで数えて声をかけた。
「もーいーかい」
「もーいーよー」
あちこちからの返事を四つ分聞き取って顔を上げると、妙に家がシーンとしていた。

まずはすぐ近くの子ども部屋に入る。
もちろん、誰もいないように見える。
一瞬にちょっと迷ったけど思い切って押し入れを開けた。
積み上がった布団が不自然に膨れたところを少しめくり1人目を見つけた。
「みーつけた」

そのままリビングに移動し、ソファーの裏に隠れていた2人目も発見。
納戸のダンボールの中から3人目
「早すぎる-」と文句を言われたが、隠れるために外に出したものがそのままでは目印にしかならないでしょう。

さて、残りは1人。
この家の子だ。
キッチンやトイレ、風呂場も覗いたが見つからない。

いや、なんとなくそこじゃないのは分かっていたんだけど、どうしても仏間には入りたくなかったの。
「ねぇねぇ、この部屋探してないよ」
他の子からも指摘が入る。
「ええ? ここもいいんだっけ」とぼけながらそっと仏間の襖を開けた。
かすかに線香の匂いがする。

襖を開けてすぐに「あー、本当にここに隠れたんだろうな」といつものカンが言っている。
でも誰も居ない仏間からはその子以外の気配のようなものも感じる。
なかなか中に入れずにいると、
「あと、捜してないのここだけだね」
「さぁどこかなぁ?」
他の友人たちが先に仏間に入り込んでしまった。
仏間には何の物もなくスッキリと片付けられている。
隠れるとすれば奥にある押し入れくらいしかない。

意を決して「失礼します」と小声で挨拶し、軽く頭を下げてから足を踏み入れた。
なるべく部屋の隅を通り、押し入れの前まで来ると、もう一度「失礼します」と呟いてから襖を開けた。

中にはいくつかの衣装ダンスと段ボール箱が詰まっており、とても人が隠れていそうには見えなかった。
試しにタンスを数段開けてみたが、樟脳の匂いが漂うばかりでしばらく開けてなかったんだろうなぁと思ったぐらいだった。

さて、押し入れにいないとなると残りは天袋か……お仏壇。
椅子やはしごもなく天袋には上がれないだろう。
となると、お仏壇に隠れているってことになる。
さすがによそ様のお仏壇を勝手に開けたりしたら祖母に大目玉をくらうだろう。
ちょっと悔しく思いながらも1度仏間を出てから大声で「降参」と叫んだ。


「やったー、さすがにここはわかんないでしょう」

超得意側の友人が、仏壇の下にある小さな戸からもはい出してきた。


壁に据え付けられた仏壇の下には高さ30センチほどの引き違いの戸が付いており、その中は押入れと同サイズの奥行きがあるのだそうだ。

でも普段使っていないせいで、友人は埃まみれになっていた。
他の友人たちはキャアキャアはしゃぎながら埃まみれの友人から逃げたり、仏壇の下を覗き込んだり賑やかに仏間を走り回っていた。


どんっ!


大きな音が響き、仏間にいた友人達が一斉に尻もちをついた。


何が起こったのか、皆が目を丸くして固まっていると


どんっ!!


再び大きな音が響き、友人達が床にひっくり返った。

「きゃーっ」
友人たちが慌てて飛び出してくる。
皆一様に顔が青ざめ、涙ぐんでいる。

その時、1人部屋の外にいたのでわからなかったけど、大きな音とともに仏間が激しく揺れていたのだという。


騒ぎを聞きつけてやってきた家の子のお母さんは、埃まみれの我が子と仏間の惨状を見て特大の雷を落とした。
半べその友人はすぐさま風呂場へ連れていかれ、他の子たちは部屋で待機を言い渡された。
そしてこってり怒られた。
その後は当然のように仏間も立ち入り禁止とされた。

その後帰宅すると、連絡を受けた自分の親からもみっちりと怒られた。


翌日学校へ行くと昨日のメンバーは揃って熱を出してお休みしていた。
家に帰ってからその事を祖母に話すと「礼儀は大切だからね」とだけ言われ頭を撫でられた。


「仏間に限らず時々入りたくない部屋や家があるの。どうしても入らなきゃいけない時は家の人とは別に、その部屋にも対しても挨拶をしてから入るようにしてるのよ」
叔母はそう言って微笑んでいた。

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