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異語り 046 トラウマ

コトガタリ 046 トラウマ

雷が鳴っている。
昔から大きな音や破裂音が苦手だった。
大人になった今も、運動会や花火大会などは耳を塞ぎながら観覧している。

ただ昔は雷はそれほど怖くなかったように思う。
窓から稲光を眺めて喜んでいた記憶があるから、きっと平気だったのだろう。

では、いつから苦手になったのか


夕刻の赤黒い空にストロボのような稲光が瞬き雷が近づいてくる。

今住んでいるのはマンションではないから避雷針はない。
目と耳を塞ぎじっと耐えていると稲光にはしゃぐ子供らがカーテンをめくった。
うっかり目を開けた瞬間

だだだだだだーん!

轟音とともに空が裂け、稲妻がどこかの地面めがけて叩きこまれるのが見えた。

「うわあ、すごっ」
「あれ、絶対落ちたよね」

子供らの声が遠く感じられる。
脳裏に浮かんだ巨大な顔。

ああ、そうか。
あの時から雷が怖くなったんだ。


子供の頃、うちの親はゲーム機を買わない主義だった。更にはテレビの視聴時間も厳しく制限されていた(1日2時間まで)

子供向けの娯楽が少なかった時代なので、外出できないような日はそりゃあもう1日が長かった。
そんな頃、時々留守番を申し付けられることがあった。
母が買い物か何かで留守にする小1時間ほどの時間なのだが、それはこっそりとテレビを見れる最高の時間でもあった。

まだビデオデッキも持っていなかったので、その時放送されている番組しか見るものはなかったが、背徳感と特別感で何でも面白いように感じていた。


その日は弟はおらず、1人で留守を預かることになった。
(どうして弟がいなかったのかはよく覚えていない)

確か夕方だったが、天気が悪くいつもより薄暗かったと思う。
でもそんなことはお構いなしで、母が出ていくのを確認すると急いでテレビの前に陣取った。
母が帰ってきたらすぐにスイッチを切れるように、(まだリモコンもなかった)小さな台に浅く腰かける。
「テレビは2メートル以上離れて見なさい」という言いつけも完全無視の近距離鑑賞。
ボリュームは絞り玄関の音にも気を配りながらテレビを楽しんでいた。


ふと気がつくとすっかり部屋の中が暗くなっている。
このままではまた「電気もつけんと目悪くするで」と怒られるだろう。
でも電気をつけに行く少しの時間も惜しいような気がして、ぐずぐずしていると

ゴロゴロゴロゴロゴロ

遠雷が聞こえた。

窓に目をやると、ちょうどパタパタと雨が降ってきたところだった。

ピシャンッ

夕暮れ時の赤黒い空が瞬いた。

がらがらがらがら

雷が近づいてきているようだ。
テレビの音が聞こえづらくなったので、更に近付く。
少しでも良く聞こえるように身体を半分横に向けた。
横目でテレビを見る形になるが、同時に窓も見えるから稲妻も見えるかもしれない。

心はテレビ半分・窓半分のどっちつかず状態。
もちろん玄関への注意も外せない。

そんな状態のまま数分が過ぎただろうか

ピシャッ ドドーン

雷がかなり近づいてきた。

当時住んでいたマンションは7階建てで屋上に避雷針も付いていた。
雷が落ちただけであれば危険はまったくない。

間近で稲妻が見えるかもしれない
いよいよテレビ2・窓8 くらいの心持ちで眺めていると、目の前が白く消しとんだ。

バリバリバリバリバリバリ

同時に、普段聞いたこともないほどの大音量の雷鳴がマンションを揺らす。

少し視界が戻った先にビリビリと震える窓ガラスが見えた。
その上を這うように走る光の裂け目
ガラスに張り付くようにして、中を伺う大きな人の顔!

その顔と目が合った瞬間
バツン
とテレビの画面が消えた。

しばらく固まったまま動けずにいたが、少し遠のいた雷の音に慌ててテレビのスイッチを切りカーテンを閉めた。
さらに暗くなった部屋に稲光の閃光が差し込んでくる。
急いで電気をつけようとしたがつかない。
他の部屋のスイッチも反応せず、コンセント式の時計も止まっていた。

不安が膨れ始めた時、
ガチャガチャと鍵を回す音がして母が文字通りに飛び込んできた。
「大丈夫やったか」
ほっとした。
でも、やせ我慢で「何か電気がつかへんねん」と笑って答えた。

母の話では雨が降り出したから大急ぎで帰ってきたら1階の管理人室でずっとブザーが鳴っていたという。
「エレベーターは止まってるし、びっくりして階段を駆け上がってきたんよ」

どうやら本当にドンピシャでうちのマンションに雷が落ちたらしく、マンション全体が停電したとのこと。

あの時以来、室内で雷の音を聞くと目と耳をふさぐふさぐようになってしまったのだ。
(室外は耳だけで大丈夫)

目の奥にまだあの大きな顔が張り付いていそうで、慌てて家中の電気をつけてまわった。

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