見出し画像

異語り 090 巣箱

コトガタリ 090 スバコ

庭の雪がすっかり融けた頃、両親が大荷物を抱えて遊びに来た。
久しぶりの母とのおしゃべりをしているうちに、気が付くと父と息子の声が庭から聞こえてくる。
いつの間に庭に出たのだろう
窓に近づくと、楽しそうな様子で何やらやっている。
そっと眺めていると、木に何かを巻きつけているようだった。

その木はこの家に引っ越してきてすぐの頃、父が「記念植樹だ」と言って植えたリンゴの木だ。
まだ食べれる実をつけたことはないが、この数年で結構大きく育っていた。

父が「よし」と言って木から離れると、幹にティッシュ箱二個分位の黒っぽい箱が括り付けられていた。
振り返った息子と目が合うと、息子がぱっと笑顔になる。
そのまま窓を開けて「何してたの?」と声をかけるとピョンピョンと跳ねるようにこちらへ駆けてきた。
「じいちゃんが巣箱を作ってくれたんだって、あそこに鳥さんが住むかもしれないよ」
ああ、あれは巣箱なのか。

もう一度リンゴの木を見た。
濃い焦げ茶色に塗られた四角い箱は、確かに上部が屋根っぽく斜めになっている。
こちらを向いた面の真ん中あたりに短い棒が刺さったようにつけられ、その少し上に小さな丸い穴が開けられている。
「あんな小さな穴でいいんだね」
「あんまり大きいと敵が来ちゃうからダメなんだって」
確かに小鳥であればあのサイズで十分なのかもしれない。
家の庭には鳩や雀以外にもセキレイやシジュウカラが遊びに来る。
「誰か住んでくれるといいね」
「お家からもよく見えるようにこっち向きに付けたんだよ」
まるで自分の手柄のような息子の態度に笑いを堪えながら、父と息子を労った。

その日以来、息子は暇さえあれば庭を眺めている。
「スズメが来たよ、入るかな?」
「のぞいてるよ」
「ああ、飛んでっちゃった」
巣箱は低めの位置にこちら向きに取り付けてあったので、とても観察がしやすい。
でもその低さとしょっちゅう向けられる熱視線のせいか、なかなか入居してくれる鳥は現れないでいる。

ある日の昼下がり、視線のようなものを感じ庭に目を向けた。
燦々と陽の光を浴び、元気に育っている雑草たち。その草陰に埋もれるようにして数羽の雀達が遊んでいた。
お家に入ってくれないかなー
そんなことを思いつつ、リンゴの木へ視線を移す。
焦げ茶色の木箱に一緒にチラリと白いものがよぎった気がした。

えっ、もしかして入ってる!!

一気に期待値が上がりじっと巣箱を熱く見つめてしまう。
小さな丸い穴は焦げ茶色に沈みこむようになじみ、時々見失ったのではないかと不安になる。それでも数分ぐらい(実際には多分1分くらい)見つめ続けていた。

チラリ

黒い穴のふちを何かがかすめていったように見えた。

やっぱり何か入ってる!
もう大興奮状態(笑)
視線は巣箱のまま手探りでスマホを手繰り寄せカメラを起動させる。
目いっぱい拡大したレンズを向けると、ややぼやけつつも肉眼よりも大きく穴が見えた。

暗く陰った穴の底
薄灰色の何かがいた。

端の方が欠けた月のような、丸みのあるシルエット。

脳内で白黒色調の鳥を思い浮かべながら録画ボタンを押した。


レンズを巣箱に向け続ける。


穴がふっと暗く沈んだ。

すぐに黒が離れ、再びかけた灰色が現れる。


「!!!!!!?」


すぐに窓から離れカーテンを閉めた。

鼓動が全身で脈うってるように感じる。


きっと気のせいだ。


祈るように撮ったばかりの動画を再生した。

思っていたのは、小さな何かがちょこちょこ動き回っているイメージだった。
が、どうにも違和感がある

何度か再生を繰り返す。

大きな何かが時々動いて向きを変えている。
そう考えた方がしっくりくる気がしてきた。


穴が暗かったのは、ふさがっていたため。
動いていた灰色は穴から離れた時に見える部分。

さらに何度か見直し、気がついてしまった。


……もしかして目?


一度そう思うと、もうそうとしか見えなくなった。

もう一度確認してみる?

不気味すぎてしたくない。

家族に相談?


頭が結論を出す前に、指が動画を削除していた。


次の休みの日、夫に頼んで巣箱の向きを変えてもらった。
息子には「あんまり見てると鳥さんが住みにくいみたいだよ」と誤魔化しておく。
今、巣箱の目は物置を眺めているはずだ。


父が「巣立って中がいない時期を見つけて掃除してやるといいぞ」と言って来たが、目の巣立つ時期は分からないのでそのまま放置してある。

サポートいただけるととても励みになります。 いただいたエールはインプットのための書籍代や体験に使わせていただきます(。ᵕᴗᵕ。)