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異語り 069 サンタクロース

コトガタリ 069 サンタクロース

昔、アルバイト先でパートの田村さんが聞かせてくれた話

クリスマスが近くなったある日
「住んでるのは2階? ちゃんと戸締りしなきゃダメよ、5階でも入ってこようとする奴はいるんだから」
いきなり話を振られ、はてなマークを浮かべながら頷いた。

いつもこの時期になると怪しい人影を見ることが増えるそうだ


数年前にね、子どもたちが「うちは煙突がないのに、サンタさんはどこから来るの?」って言い出したのよ。だから「クリスマスイブの夜はお部屋の窓の鍵を開けておけばいいわよ」って言ったの。

田村さんが住んでいるのはマンションの5階だから、泥棒も入ってこられないと思ったらしい。

さて、イブの夜
夜中近くなったので、こっそりと子ども部屋を覗きに行く。

そっと扉を開くと、びっくりするくらいの冷気が漏れ出してきた。
「やだ、鍵だけじゃなく窓も開けちゃったの?」
慌てて薄暗い部屋を突っ切り窓へ向かった。
子供たちはぐっすりと眠っている。
枕元のプレゼントを確認しつつ窓にたどり着くと、そっとカーテンをまくった。

狭いベランダ
ガラス戸を挟んだ向こう側

細長い真っ黒な塊が立っていた。

「きゃあああああぁぁぁ」

思わずあげた悲鳴に夫も子どもたちまでもが飛び起きた。

「どうしたの、ママ!」
「何があった? 大丈夫か!」

黒い塊は悲鳴をあげるとすぐにいなくなっていた。

窓のそばで声も出せずに震えていると
「わあ! プレゼントだ!!」
子供たちが枕元の包みに気がつき騒ぎ出した。
「プレゼントは朝になってからにしなさい。大丈夫か? 何があった」
夫が心配げにそばに来て声をかけてくれた。

まだ鼓動が落ち着かないままベランダを指さして
「今、そこに黒い人影が……」どうにかそう絞り出した。

「えっ、サンタさん?!」
「ママ会えたの? いいなぁ」

子どもたちの無邪気な声にやっと緊張がゆるみ、大きく深呼吸した。
まだサンタクロースを信じている幼い子どもたちの前で侵入者の話をする訳にはいかないな。と思い直し、まずは興奮状態の子供達をどうにか寝かしつけた。

それから夫と話し合い。
窓の鍵は開き忘れていたらしく、閉じたままだった。
部屋に入られた様子はなく、ベランダも荒らされた跡はない。

翌朝、警察へ連絡してみたけれど、実際の被害が何もなく、近隣からの通報もないとのことで「戸締まりなどを注意するように」とアドバイスをもらっただけで終わってしまった。

「年末年始は空き巣が増えるらしいのよ。あれ以来怪しい奴を毎年見かけるもの」

さすがに室内に侵入する決定的瞬間は目撃できていないそうだが、マンションの廊下や、別の階をうろついてる黒い影を見かけるらしい。
ちょっと遅くに帰ってきた時などは、違う部屋のベランダにその影が佇んでいたこともあったと言う。

「まぁ、遠目でしか見てないから見間違いかもしれないんだけどね」
そう言いながらも表情は真剣そのものだった。

人影を見かけるたびに管理人さんに報告していたおかげか、マンションの掲示板に注意喚起の貼り紙も張り出された。
ただ、不思議なことに同じマンションの人達はそんな人影見たことないそうだ。

「高層階の部屋には屋上から侵入するらしいのよ。案外マンションの住人ってこともあり得るんだから、どんなにセキュリティがしっかりした部屋でも用心はしなきゃダメよ」

アルバイトを辞めるまでの3年間

12月になるたびに、この話の更新情報を聞かされていた。

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