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異語り 083 映画館の怪異

コトガタリ 083 エイガカンノカイイ

人気のハリウッド映画でもロングラン公演のラスト近くになれば、人も減り快適に鑑賞することができる。
他人からのネタバレの危険性は高いが、自分は環境優先スタイルを貫いていた。

ドリンクだけを購入し、早めに劇場に入る。
客席の人影はまばらだった。
騒がしいのは嫌なので余裕がありそうな上方の席を選ぶ。

ロビーから見繕ってきた予告チラシを眺めているうちにブザーがなった。
館内が暗くなりスクリーンが明るく照らされる。

やたらと面白そうな映画予告が次々と流れ、再びブザーがなる。
さらに幕が開き、やっと本編が始まった。

アクション映画定番のホットスタートに一気に心がとらわれる。
夢中になってスクリーンを見つめている。
と、右後頭部に風を感じた。
出入口が開いた気配はしなかったけどな?
そんなことを考えながら、ちょっと逸れてしまった意識をスクリーンに向け直す。

物語も落ち着き、館内の音も少し聞こえるくらいに音量も下がってきた。


フゥ――ッ


フゥ――ッ


荒い鼻息がすぐ後ろから聞こえる。

かなり後ろの方の席を選んだので自分の後ろに人はいなかったはず。
始まってから入ってきたのかな? なんでこんな近くに……

ちょっとイラつきながら無理やり意識を前に向ける。

それでも頭に息がかかっている気がして体を背もたれから離した。


ああ、今日はついてない。


これ以上ひどくなるようなら1度外に出ようか
そう考えていると、すぐ右側から


にちゃあぁぁぁぁ

粘った口を開くような不快音。
それもすぐ耳元から聞こえた。


自分の隣の席は空席のままだ。
視界の端でそれは確認済み。
体を起こしている自分の耳元に後ろの席から顔を寄せている? そんな不自然な格好になればその前に気配でわかるはず。
現に音はしたが視界の端には何の姿もない。


はぁぁぁぁぁ

生温く湿った風が右頬と髪にかかる。

一気に肌が粟立った。


必死でスクリーンを見続ける。
これは気付いてはいけないヤツだ。


変態や痴漢であればさっさと席を立とうと思っていたが、人ではないらしい。

シリアスでもないシーンでとんでもなく手汗が滲む。


たぶん1分もなかったと思うが、体感的には10分ぐらいそうしていたように感じられた。

突然ずるんと圧迫感が消え、足元がぞわついた。
薄暗い館内を何かが移動していく。

軽自動車ぐらいありそうな黒っぽい塊が、イスも通路も関係なくざわざわと体を震わせながら前方のスクリーンに向かって降りていく。

時々近くにいる席の客にぴたりと寄り添うようにして、相手の様子を伺っているようだった。
おそらくさっき自分がされたようなことだろう。
思い返してまた肌が粟立つ。

黒い塊は館内を右へ左へ移動しながら最前列までたどり着くと、ズブズブと床に沈んで消えてしまった。

時計を確認する。
まだ半分も見ていないぐらいか。


少し悩んだが席を立った。
後の出入り口からそっと外へ出る。

消えたアレはどこに行ったのか?
別のシアターに行ったならまだいい。
でもまた後から現れたら……そう思うととても続きを見る気が湧いてこなかった。

駅からも近く、意外と空いているお気に入りの映画館だったのだが、その1件以来すっかり足が向かなくなってしまった。

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