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異語り 050 相続

コトガタリ 050 ソウゾク

知人のTさんの話

昨年、父親を亡くした時のこと。
母親はまだ存命だったが、長男だったTさんは喪主を務めることになった。
幸いコロナでの逝去ではなかったため、母、弟妹とともに看取ることができた。
でもやはり時勢状況の為、葬儀はほぼ密葬なような形になった。

葬儀の手配は減りはしたものの、各種書類の記入や提出。父の交友先への連絡などやるべき雑務は山とあり、なかなかゆっくりと偲ぶ暇もない。

無事に通夜が終わり火葬場の炉の中に父を見送ると、やっと一心地ついたような気になった。
この時期だからなのだろう、火葬場はフル稼働しているがいくつも並ぶ待合の座敷には数人ずつしか人影はない。
Tさんも割り当てられた座敷に上がり、広々とした部屋の奥でゴロリと横になった。

時折かかる呼び出しの放送や、部屋を片付ける従業員の足音など、どれもがどこか遠くに聞こえてくる。
「やばいな寝てしまいそうだ」
慌てて身体を起こし座り直すと、ちょうど妹が子供たちを連れて部屋を出ていくようだった。
「兄さん、ちょっと荷物見ててね」
先に飛び出しいった子供らを追い、妹も小走りで駆けていく。
どんなところでも子供は子供なのだなぁ
しんみりしがちな火葬場の中を、明るい子供の笑い声が遠のいていくのを微笑ましく見送った。

見渡すと部屋にはTさん1人きりだった。
皆どこかへ出かけてしまったらしい。
壁際にポツポツと置かれた各人の荷物を眺めながら
「灯明番の次は荷物番か」
ふっと小さな溜息と共に笑みがこぼれる。

戸から光が差したかと思った。

視線を上げると黒紋付きを着た女が部屋の前を通りかかるところだった。
目が合うとゆっくりと腰を折り丁寧なお辞儀をして去っていく。
髪も結い上げ、なんとも古風ないでたちに思えた。

ただ着物は黒染めだが帯は鮮やかなカラシ色。
どこかの親族かここの従業員か
どちらにせよその色は不謹慎なのでは?
反射的に会釈を返しながら、その姿をそっと目で追った。

不自然にならないようにゆっくり立ち上がり、静かに素早く部屋の戸へ移動する。
ふらりと出かける風に外に踏み出すと、危うく母とぶつかりそうになった。

「おや、みんないないのかい」
「おふくろ、ちょっと荷物見てて」

返事を待たずに廊下に出ると早足で女が去った方へ進む。
換気のため、どの部屋も戸が開いているのでありがたい。
キョロキョロと視線を漂わせながら玄関ホールまで来てみたが、先程の女は見当たらなかった。

もしかしたら母がすれ違っているかも。
そう思い急いで座敷に戻り聞いてみるが、そんな女は見ていないらしい
「今日は着物の人も見かけてないしね」
確かに髪まで結い上げた着物姿となればかなり目立つに違いない。
弟妹たちに聞いてみても、Tさん以外にその女を見た者はいなかった。

「居眠りでもしてたんじゃない?」
そんなはずはないと言い返したかったが、言い切れる自信がなく、
「そうかもな」とその場を濁した。

その後は何事もなく、無事に葬儀を終えた。
ここ数日の疲れと緊張感から解放され、酒の回りも早い。
まだ昔話に花を咲かせている弟妹に断って早々に布団へ潜り込むと、そのまま深く眠りこんだ。


明け方になり、自分の枕元に誰かが座っている気配に気がついた。
まだ疲れが残るぼんやりとした頭でその正体を見極めようとするが、
上の方。胸元より上は闇に紛れてよく見えない。

おまけに体もうまく動かせない。
自分の右隣、顔の真横に座っているらしいその人物が、すーっと手をついた。
細く少し節くれた年配者を思わせる指が目の前に揃えられる。

どうやら黒い着物を着ているらしい。
少し下げられた胸元の合わせが目に入った。
エンジとカラシ色を重ねた合わせ襟が艶めかしく浮き上がっている。

昼間の女だ
直感的に火葬場で見た女だと理解した。

「ご無沙汰しておりました」

女の声が上から降ってきた。

「福子でございます。
昔のまんま、……幸福の福に子供の子……」

語尾はかすれて聞き取れなかったが、代わりに下げられた頭のおかげで深いしわの刻まれた口元が見えた。
赤い紅を引いた唇がゆっくりと微笑み開かれる。唇の中にお歯黒に染まった歯が並んでいた。

どこまでも大きく開いていく口を見ながらTさんの意識は再び深い闇に沈んでいった。


「目が覚めてから母や親戚に聞いても誰も福子の言葉知りませんでした。もちろん自分も会ったことも聞いたこともありません」

それでも気になって過去帳や戸籍まで調べたらしいが、『福子』『福』とつく名は見つからなかった。

「少ししてから母が、「昔、あんたのおじいさんが亡くなった時に父さんが同じ事を言ってた気もする」って話してくれました。唐突に名前だけを聞かれ、しばらく同じように戸籍を調べたりしていたそうなのですが、話題に出たのはその時ぐらいで「すぐに忘れてしまったようだった」と言ってました」

数ヶ月後偶然Tさんに再会したので、変わりはないか聞いてみると
「なにもありませんよ。ただ、時々目の端に黒い着物が見えることがあります。
福子が何者で何のためにそばにいるのかは全くわからないままですが、もしかしたら代々家に憑いてる何かなのかもしれません。

親父が亡くなったからから自分に……。
親父は特に病気も不幸にも会っていないので、きっと悪いものではないんだと思います」


曇りのない笑顔でそう言い切ると、手をふって別れた。

今のところTさんは健康で幸せそうにしている。
相続した女が幸福の福子さんであることを祈るばかりだ。



別垢で絵日記始めました。

こちらは怖い話はほぼありません。あほな話がほとんどです。

怪談以外の夏瓜にご興味がありましたどうぞ!

https://note.com/m_kacaca/n/nd4767de800af



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