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異語り 042 隙間

コトガタリ 042 スキマ

隙間って気になりませんか?
見るからに汚くて気持ち悪そうな場合は別にして、普通の家や店の壁に隙間があったら。周りに人の目がなかったら。
覗いてみようかなと思いませんか?


まだ私が小学生だった頃。
その日初めて行くお友達の家でのこと。

お家を建てたからかリフォームしたからかは覚えていないけれど、あちこちピカピカで新しいにおいがしていたと思います。
いつも一緒に遊んでいる友達でしたが、その子の家はちょっと遠かったので、それまでは家にお邪魔したことはありませんでした。

「新しくなって自分の部屋ができたから絶対に見に来て」
とその子に言われ、皆で自転車を漕いで出かけて行ったのです。

家に着くとニコニコ顔のお母さんが迎えてくれました。
そのままみんなで二階上がりました。
小さな小窓の付いた白いドアがその子の部屋でした。
6畳ほどの洋室で、ピンクのカーペットにベッドや学習机もありました。
マンションや団地では、一人っ子でもない限り自分の部屋なんて夢物語でしたので、物凄く羨ましかったです。

部屋でおしゃべりしていると、お母さんがおやつを持ってきてくれました。
まさに漫画で見る憧れのシチュエーション! 
この瞬間、心の中ではこの日一番の盛り上がりを迎えました。
気がつくと出されたジュースを勢いよく飲み干していました。
お母さんがすぐにおかわりをついでくれます。
なんて優しい人なんだろう
もうすべてが夢の世界のようで、出されたお菓子もとてもおいしく感じました。

でもきっとこれが良くなかった。
しばらくすると急に腹具合が不安になりゴロゴロと嫌な感覚がしてきます。

「ごめん、トイレ貸して」
「階段の隣だよ~」
部屋を出て階段を降りるとすぐにトイレがありました。
反対側にはリビングへの扉があります。
家の人にも声をかけた方がいいのかな?
一瞬考えましたが、恥ずかしさの方が大きかったのでそのまま静かにトイレに入りました。

どうにか難局を乗り越え一息つくと、トイレの様子にも気を向けられる余裕が出てきました。
白で揃えられたマットやカバー類。
タンクの上には小さなキューピー人形が3体、手編みのカラフルなワンピースを身につけ整列しています。
壁には手作りらしいポプリが下がっていました。

そのポプリの少し横。
縦20センチほどの切れ目があります。
幅は5ミリもないぐらい。
でも真っ白い壁にそこだけ色が違うので目立っています。

壁紙が剥がれたのかな?
何の気なしにその切れ目に指を伸ばすと指先がすると壁の中へ消えます。
「うわぁ、穴が空いてる!」
予想外の展開にちょっと焦りつつも、それ以上に興奮していました。
新しいお家に穴が空いているんですから。

じっと目を凝らすと穴の向こう側がチラチラ動いているように見えます。

「ひょっとして、壁の中が見えたりするのかな?」

家の中の秘密が覗けるかもしれない。
妙な期待感で、他人の家だという遠慮はどこかへすっ飛んでしまいました。
さっさと身支度を整え、そっと壁に近付きます。
切れ目は胸の高さぐらいの所にありました。
壁に手をつき腰をかがめ、壁の奥に意識を集中させます。

中から何かが飛び出してきたらどうしよう。

一瞬のためらいはすぐに好奇心に押しのけられました。
ゆっくりと切れ目に顔を近づけます。

暗い中にキラキラと何かが光っています。
「えっ、何だろう」
もう頭の中は壁の向こう側でいっぱいです。
張り付くようにして、中を覗きます。

壁の中はとても暗く、その空間の中をサラサラと文字のようなものが流れていました。
それも1本だけでなく幾筋も。
雨の日に軒の端から筋になって落ちる雨水のように
奇妙な文字が流れ続けているのです。

目をこらし、首をかしげながら上も下も確認しました。
ですが暗いせいか天井も床も感じられません。
いや、むしろ下などはどこまでも文字が落ちていっているように感じられます。

「なにこれ」
この家は宙に浮いてるんだろうか?

思っていたものとかなり違った光景にしばし呆然と立ち尽くしてしまいました。


コンコン
「大丈夫?」

友人の声に我に返り、慌てて水を流しました。
「うん、ごめんね。もう大丈夫」

切れ目のことを友人に報告しようかと迷いましたが、人の家を勝手に覗いていたということに気まずさを感じ、言い出せません。
(自分の家のことだからもう知ってるよね)
勝手にそう思い直し、言わずに忘れることに決めました。


それから十数年後、映画マトリックスが公開されました。

その宣伝を見た瞬間、あの日の光景がよみがえりました。
流れていた文字こそは違いますが、ほぼ同じような景色です。
他にもあの切れ目を覗いていた人がいたのかと驚いたぐらいです。


最近、息子が『マインクラフト』というゲームにはまっています。
ゲーム画面で、時々スケスケの空に人や家が浮かんでいる事があります。
「構築が遅れてるの。バグってんだよ」
当たり前のように言われ、再びあの隙間を思い出しました。


普段は行かない友人の家。

緊急事態のトイレ利用。

あの時、私のいた世界は構築が間に合ってなかったのかもしれない。
もしかしたら本当の世界を覗いてしまったのかもしれない。

まだこの世界の謎は解けていないし、目も覚ました記憶はない。
世界を操る力も手に入れてはいませんけれど、

ひょっとしたらこの世界は……。

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