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異語り 110 月見屋台

コトガタリ 110 ツキミヤタイ

40代 男性

満月の頃3日間だけ出没するラーメン屋台があった。
たまたまその周期で近所の駅前に来ていたんだとは思うけれど、自分はいつも現れるのを楽しみにしていた。

軽トラを改造したごく普通の屋台で、メニューも醤油ラーメンのみ。
トッピングでチャーシューを足したり、辛ネギを足したり、生卵を足したりできた。
煮卵じゃなくて生卵。

そして、満月の日だけ生卵を無料で付けてくれたりする。
月見ラーメンだそうだ。


ある日の仕事帰り、ほぼ終電で帰ってくると駅前の広場に赤い提灯が見えた。
ああ、今日は満月か。空を見上げて月を探してみたら生憎と雲に隠れているらしい。

月一のお楽しみとばかりにふらふらと屋台へ引き寄せられる。
「らっしゃい、毎度」
「ラーメンひとつ」
「はいよ、卵入れるかい?」
「はい入れてください」
流れるような手順でラーメンが出来上がる。
最後におまけの生卵を割り入れ、目の前に供された。
「いただきまーす」

アツアツのラーメンをフーフーと冷まし口の中に頬張る。
澄んだ鶏ガラの醤油スープが麺によく絡みとても美味しい。

何か特別なウリがあるわけではないけれど、全体としてバランスよく食べ飽きない味。
そして時々無性に食べたくなる味。

そう、ちょうど月一ぐらいで食べたくなるような味だった。


ある時体調を崩し、月一のラーメンを食べ損ねた。
最初こそ、食欲も落ちていたので気にしていなかったが、段々と頭の中があのラーメンのことでいっぱいになっていった。
寝ても覚めても考えることはラーメンラーメン。
とにかくラーメンが食べたい!
同じような鶏ガラ醤油ラーメンの店を探して食べたりもしたけれど、余計にあのラーメンが恋しくなるだけだった。


どうにか一ヶ月を耐え抜き、待ちに待った次の満月。
やっと念願のラーメンを食べることができた。

体に染み渡るような幸福感を感じつつスープも全て飲み干す。
ふうっと幸せの吐息を漏らし、店主に声をかけた。
「ここに来ない間はどこで営業されてるんですか?」

普段ならあまり話しかけたりはしないのだが、前回食べ損ねたことが辛すぎてつい聞いてしまった。

「ここだけですよ。それ以外はずっとこの3日間のために仕込みをしてるんです。だいぶ上手い具合に仕上がってきていますしね」

そんなすごいこだわりの一杯だったのか?
正直に言うとさすがにそこまでのこだわりは感じ取ることはできなかった。

「そうなんですね、……とても美味しかったです。ごちそうさまでした」
「まいど様です。また次の月夜に」

私が屋台を離れると入れ替わるように一人の客が屋台の方へ歩いていく。
何度か見かけたことがある気がするので、おそらく自分と同じこの屋台のファンだろう。背後から「らっしゃい」の声が聞こえる。

先程の店主の言葉を思い出し、他の駅ではこのラーメンを食べられないんだぞ、と少し優越感を感じながら家に帰った。


ところが、それから数カ月後。
パタリとラーメン屋が現れなくなった。

体調を崩されたのだろうか? と心配してみたが、それ以上に切実にラーメンが恋しい。


さらに翌月も屋台は現れなかった。
満月の夜更けの駅前広場で、所在なさげにフラフラとさまよう人影がちらほら。
はたから見れば異様な景色だったかもしれないが、自分には「彼らはきっと同士だ」と少し心強く感じていた。


どうにかラーメンの禁断症状も落ち着いた頃
ある地方へ出張へ行った。
たまたま下りた駅前であの屋台を見かけた。


懐かしさに釣られて思わず暖簾をくぐる。
あの時の店主が、あの時と同じように「らっしゃい」と迎えてくれた。

言葉が出なくなった自分を見て、店主も気がついたようだった。

「あれ? ひょっとして以前ひいきにしてくださっていませんでしたか?」
「……はい。急にやめてしまわれたので他のみんなも困惑していましたよ」
「ああ、そうですね。すみません。あれ以上は必要なかったので移ったんです」

謝罪はされたが理由はよくわからなかった。

「で、どうします? こちらに移られたわけではないですよね?」
「ええ、今日は出張で偶然」
「たべます? やめときます?」
店主は不気味な程の笑顔を浮かべ、聞いてきた。

トテモタベタイ。
でもまた食べられなくなる。
辛い思いをしたくなくて、ぐっとこらえて食べずに帰った。


それから数ヶ月後、ニュースでその駅周りの事件の話を目にした。
無差別の通り魔事件。

そして、自分の近くで起こった不可解な連続事故&事件を思い出した。

屋台が来なくなって3ヶ月目。
駅周りで事故や事件がつづけて起きた。
その月の間に、人身事故による列車の遅延が4回。駅前広場での捕物が2回。周辺店舗での傷害事件が2回。

比較的のどかだった町が急に物騒になった気がして驚いた。


1度現場に出くわしたのだが、取り押さえられていた人物になんとなく見覚えがあった。もしかしたらあの店の常連客だったかもしれない。

あの屋台は何を仕込んでいたのだろう。

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