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異語り 078 通りすがりの恩人

コトガタリ 078 トオリスガリノオンジン

中学生の頃は毎朝走っていた。
トレーニング的なものではなく、睡眠時間超過による自己都合的(自業自得ともいう)理由だ。
通学路の9割が国道沿いであり交通量もかなり多かったが、国道を横断する必要がなかったのであまり車を気にしたことはなかった。

途中に何カ所も交差点はあるものの、信号のある大きなものは二箇所だけで、残りは住宅街などの細い横道程度。
なので、軽い確認だけでほぼ走り抜けていた。

その日もいつも通り走っていた。
学校までは1キロくらいはあるので、走りながら関係ないことをあれこれと妄想するのもいつものこと。
トラックが横を走りぬけるたびに舞い上がる砂埃に顔をしかめつつ、タイムリミットが近いことに気づき少し足を速めた。

カーブがきつく見通しの悪い横道に差し掛かる。
サッとだけ確認し、速度を落とすことなく道を横切ろうとした瞬間

自転車に乗ったおばさんが突っ込んできた

「うわっ、あぶ」
反射的に体をひねる。
非難の声を上げる前に、おばさんは文字通りこちらに突っ込んできた。
ごく普通の何事も無いかのような表情のまま。


来るであろう衝撃に備えるように目をつぶる刹那
パーマがかかった鳥の巣のような頭、焦げ茶色のセーター、小花柄のエプロン、真っ黒な自転車。
それらが体を通り抜けた。
目の前を、自分の左半身に被さるように、おばさんが通り抜ける。

衝撃はなかった。

変わりになんとも言えない気持ち悪さがこみ上げた。

ありえない状況に思わず後ろを振り返る。
そこへ横道に突っ込んできた車の風圧が体を押し戻した。

「えっ? えっ?! ええっ!!」


自分の後におばさんはいなかった。
自分が進んでいたであろう場所をありえないスピードで走り去る車。

ただでさえ上がっていた心拍数がさらに跳ね上がる。


呆然と立ちすくみそうになったが、走る制服姿を目にし現実を認識した。

「やばい、遅れる」

とりあえず自身の体に異常がないことを確認し、検証もそこそこに学校へと急いだ。


学校には無事に滑り込んだ。そして授業そっちのけで思い返す。
あれは一体なんだったのか。

恐ろしく心臓に悪かったが、あれがなければ自分は車にはねられていたかもしれない。
「一応助けられたのかな?」
守護霊や背後霊なんて話題もちらほら出るお年頃
それにしても、『自転車に乗って体当り』みたいな助け方は聞いたことがなかった。

その日は左半分がぞわぞわする気がしたが、翌日には元通りになり、おばさんのこともすぐにわすれてしまった。


あれからもう随分経ったけど、あのおばさんには1度も再開していない。

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