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異語り 030 アンの家

コトガタリ 030 アンノイエ

20年ほど前、北海道に来て最初に聞いた怪談をふと思い出した。

バイトで仲良くなった友人に誘われてドライブに行った帰り道
唐突にその中の1人のMが、怖い話を始めた。

「俺の兄貴さ、ちょっと霊感みたいなのがあるんだよね。俺が心霊スポットとかに行くとすぐにバレて怒られるんだよ、でもマジもんの怖い話もいっぱい知っててさ、よく聞いてたんだよ」

その頃から怖い話は好きだったが、ビビリでもあったので
多分私の顔は引きつっていたと思う。

そんな反応面白かったのか
「兄貴からさ『アンの家』っていう心霊スポットの話を聞かされたんだ」
Mは楽しそうに喋り続ける。

アンの家は国道337号線から、銭函の海へ入る横道にあった。
かろうじて国道からも見えるところに建っている赤い屋根の洋館。
可愛い感じの家だが、もうずっと人が住んでいないらしく立派な廃屋になっていた。

その家へ続く横道は未舗装路で周辺に他の家もないため、夏の盛りの頃には一階部分は茂りまくった草木に埋もれてしまうそうだ。
ただ、近くに海水浴場があるため、若者らのお手軽心霊スポットとして肝試しによく使われていたらしい。

昔、その家には外国人の家族が住んでいた。
夫のイワンは貿易商で、あまり家には帰ってこなかった。
家には妻のエリザベスとまだ幼い娘のアンナが住んでいた。

まだ外国人が珍しかった時代、エリザベスとアンナの見た目はとにかく人の目を引いた。
エリザベスは日本語にも不慣れだったこともあり、近所の村人達からの不躾な目に恐怖を感じ、ほとんど家から出ることはなかった。買い物や身の回りの世話などは通いのお手伝いさんがしてくれていたらしい。

でも、まだ幼かったアンナは、恐怖よりも好奇心の方が強かった。
同じ年頃の子供たちに興味を持ち、また村の子供たちも臆することなくアンナに声をかけ一緒に遊ぶようになった。

しかし、エリザベスや村の大人たちはそれをよく思わなかった。
何度も辞めるように説得した。
それでも聞かない子供たち。
とうとうエリザベスは娘を部屋に閉じ込めてしまう。
庭には犬を放し、窓越しに声をかけてくる子供らも追い払ってしまった。

ある日、エリザベスが部屋へ様子を見に行くと、窓が開け放たれ娘の姿が見当たらない。慌てて外へ飛び出すと、庭の隅に犬達によってボロ雑巾のようにされた娘を発見した。

柵の外に友人を見つけたアンナは遊ぼうと思って窓から抜け出した。
しかし、庭の犬たちはアンナに馴れておらず侵入者として襲いかかったのだ。

翌週イワンが数ヶ月ぶりに帰宅すると、ミイラのように痩せ細ったエリザベスが娘の人形を抱きしめ子守歌を歌い続けていたと言う。

その後すぐにイワンたちは姿を消した。

「廃屋には外側に南京錠のついた扉があるとか、とにかく人形がいっぱいある部屋があるとか、時々女の子の声がするっていう噂もある。
「でもな、あそこにいるのはかわいそうな女の子なんかじゃない。いいか、絶対に行ったりするんじゃないぞ」って兄貴には言われたんだよ」
Mは苦笑しながら頭をかいた
「でもさ、その数日後になりゆきでそこに行くことになっちゃったんだよ」

やっと桜が咲き揃った5月の初め。
暇を持て余した数名で積丹にドライブに行った帰りに
「なぁ、確かこの辺じゃないか」
「何が?」
「アンの家」
「あー、あのボロ家な」
「出るんだろう?」
「らしいな」
「ちょっと行ってみないか」

なんて流れになってきてさ、兄貴が言うには、こういう話を聞いてすぐにそこに行くことになるっていうのは呼ばれてるっていう状態らしいんだ。さすがに俺にもやばいって思ってさ。全力で拒否したわけ。

「え、いやだよ」
「まだ明るいから大丈夫だろう」
「ほら、あれだろ?」
「よし、行こうぜ」

俺が異議を唱える前に車は横道に入り、枯れ草に囲まれた廃屋の前に停車した。

「おぉ、さすがに雰囲気あるねー」
「今なら中には入れるんじゃねーの?」

皆は次々に車を降りたが、俺は頑なに車から降りようとしなかった。
仲間達は仕方なく俺1人を車に残し、4人で廃屋へと向かって行った。

庭の柵は冬の間の雪でひしゃげ、玄関アプローチも生え始めた雑草の新芽に埋まり始めている。
扉には鍵がかかっていたらしいが、すぐ脇の掃き出し窓が割れており簡単に中の様子を伺うことができた。

「よし、入ってみっか」
「さすがにそれは」
「大丈夫大丈夫」
「崩れたりしたらヤバくね」
「ビビってんのか?」
お互いに無駄な虚勢を張り合い、結局中に入ることになってしまったらしい。

4人は家の中へと消えていく。
まだ日没までは1時間ほどあったが、廃屋の周りはやけに薄暗く感じた。
1人きりで残された不安と不満で俺も恐る恐る車の外に出てみると、
生ごみでも焼いているような、生臭さと焦げ臭さが混じったような匂いがしている。

家の方から吹いてくる風に乗って、友人たちの声が途切れ途切れに聞こえてきた。
「おーい、……階段」
「さすがに……やば……ない」
「早く……こっち……が」
「何も……ないなぁ」

しばらくすると二階の窓辺に人影が見えた。
じっとこっちを見ているようなので手を振ると
フッと奥の方へ消えてしまった。

「なんだよ」と、ふてくされていると4人が家から出てきた。

「おい、手ぐらい振ってくれてもいいじゃねえか」
「何の話だよ」
「窓から見てただろ」
「窓とかあぶねーから近づかねえし」
「えっ、でも二階の窓からさ」
「いやいや、さすがに危ねーから上には登ってねーし」

俺は家を指さし固まった。


皆も一斉に振り返る。

さらに影が濃くなった二階の窓
髪の長い女がこちらを睨んでいるのが見えた。


「うわぁぁぁ」

全員が声を上げ、車に飛び乗った。
大慌てでエンジンをかける。

その瞬間

バンッ!

物凄い音がして廃屋の二階の窓が思いっきり開いた。

俺たちは叫び声を上げたまま、凄い勢いで車を発進させた。
車はバックのまま国道へ飛び出し、そのまま家に逃げ帰ったさ。

「当然、兄貴にはすぐバレてめっちゃ怒られたんだけどさ、一応俺は中には入らなかったから酷いことにはなんなかったんだよね」

「そうなんだ」
「よかったね」
Mは車内の反応に概ね満足したように微笑むと
「そう、ほんとだよ。でさ、その家ってのはこの通り沿いにあって、ほらあそこに」
Mが道路脇を指さした。
みんなの視線が外へ向く。

確かに赤い屋根の家が草木に埋もれているのが見えた。
でも車は止まることなく国道を進み、すぐに家は見えなくなった。

車内に沈黙が流れる。
さっきまであれだけ喋っていたMも黙り込んだままだ。

様子を伺うと顔を真っ青にして震えている

「どうしたの?」
「……ま……た」
「えっ、何?」
「……た……んだ」
みんなが心配そうにMを見つめる。

「まだいた……、さっき……あの女が」
M以外のほかに人影を見た人はいなかったが、
それきり家に着くまでMは一言も喋らなかった。


もう正確な場所は覚えていないのだけれど、
今はあの辺りはすっかり綺麗に整備され、怪しい気配も何もない。

怪談に出てくる怪異たちは、語られることで命を得。
忘れられることで姿を消す。

もうアンの家の女は消えてしまったのかもしれない。

ただ時折、ひどい事故のニュースでテレビにあの辺りの景色が映ることがある。

まだ何かしらの影響が残っているのだろうか?
もしかしたら形を変えた怪異が生まれかけているのかもしれない 。

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