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「イヴの林檎」

人が怖くて堪らなかった時があった
思いもかけない所からの不意打ちで
怒りよりも驚愕といたたまれなさ
痛みと哀しみは寧ろ後からやってきた

心的外傷(トラウマ)というのだと
知ったのはずっと後で
それは今ではカサブタになっているけど
思い出したように疼いてわたしを眠らせない

心の中のことは複雑で難しい
整理できていたはずのこと
忘れていたはずのこと
閉じて鍵を捨てたはずの扉が
いつの間にか細く開いている
大事にしていた鍵は
大事にしすぎて失くしたりするくせに


人の心はわからない
いつ豹変しても不思議はないことを
わたしは知ってしまった
知らぬままでいられたら良かったのに

素直な気持ちで信じることは
たぶん、もう、できない
信じようとすることはできても
もしも、でも、と保険をかける

心の中のことは複雑で難しい
整理できていたつもりのこと
忘れていたつもりのこと
閉じて鍵を捨てたはずの扉から
いつの間にか忍び出る感情
あれほどしっかり閉じ込めたのに
記憶から消してしまったはずなのに


シリタクナドナカッタ


もうあの無邪気な楽園(まぼろし)は、みえない

血色の(あかい)林檎はずっと手の中に、ある


【詩集】「満月音匣」つきの より

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