「最後の蝉」
最後の蝉が鳴くまでは
まだ少し間があるはずの九月はじめ
一匹の蝉の鳴く声が
玄関ドアの向こうから聴こえてくる
まるで生きた証を知らせるように
自らの夏の終わりを惜しむように
一生のうち大半を土の中で過ごして
地上に出てきた蝉のうちの一匹
それでも、その蝉にとっては
それが、それこそが命のすべて
わたしは耳を傾けて
じっと蝉の声を聴いていた
蝉の一生
その有り様を哀れだなどと思うのは
あまりに傲慢だろう
蝉の一生も人の一生も
一匹一匹、一人一人、それぞれ
ただ懸命に懸命に生をうたい紡ぐのだから
最後の蝉が鳴くのが
いつになるのか
わたしは知らない、わからない
いつの間にか
夏が終わり秋がやってくるだろう
それでいいのだと思っている
【詩集】「満月音匣」つきの より
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