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ソーシャルデザイン実習の取り組み

成安造形大学で受け持っている3年生の授業に「ソーシャルデザイン実習」があります。この実習は、これからのデザイナーに求められることは何か、デザインのスキルを社会にどう活かすのかを考えるための授業だといえます。
以前にもnoteでご紹介している発達障害児の自立支援塾「ななつ星」の髙橋智子さんに特別講師として関わっていただき、これまで2020年後期、2021年前期・後期と3回授業を行いました。

ソーシャルデザインの授業がはじまった背景

2022年春から高校の授業で「公共」がはじまります。同時に新学習指導要領によって主体的で対話的な探求学習が進められます。「社会を学ぶ」ことから「社会課題を考え、関わっていく」時代に入ったことが、大学でもソーシャルデザインが取り上げられる背景にあるといえるでしょう。
今の私たちの社会のありかたは、資本主義という経済体制が土台となっています。そこでは「儲けるために競争すること」が当然であり、その中で生き残るために、わたしたちは多くの時間と労力を費やしています。余裕のない社会のしくみは、地域コミュニティのあり方にも影響を及ぼしています。ゆきすぎた自由経済によって広がる経済格差と、希薄になりつつある人のつながり。私たちが追い求めたはずの豊かさとは、このようなものだったのか。多くの人が疑問に思い始めているのではないでしょうか。
財政的な理由から行政による公助が期待できなくなるであろうこの先、ますます自助、共助のしくみづくりが必要になることは明らかです。その海外の事例として、前回の投稿では、イタリア アレッサンドリアの市民活動をとりあげました。「地区の家」と呼ばれる市民コミュニティが、行政から金銭的支援を受けずに、企業、市民団体、役所、警察、病院、刑務所などと連携しながら、お互いに助け合うしくみをつくり実行している例です。この市民活動の中では、意見が違う人とも対話しながら共感を広げていくことの大切さが示されています。
デザイナーはこれまで、プロダクトデザイン、広告、パッケージなどをデザインするスキルよってモノの販売に貢献してきました。同時に、デザイナーがデザインを構想する上で、モノを使う「人」にもまなざしを向けてきたことは重要です。今、そのデザインスキルと「人へのまなざし」が、社会分野にまで応用されるようになりました。それは例えば「コミュニティデザイン」、「インクルーシブデザイン(社会包摂を目指すデザイン)」、「コ・デザイン(多様な人と協働するデザイン)」と言われるような活動へと広がっています。またそれらの領域は教育や福祉、災害、自然環境にも関わってきます。これからデザイナーを目指す学生は、こうした社会のありかたをデザインすることにも目を向けなければいけません。

遊びの効果を活かす

授業ではまずいろいろなボードゲーム / カードゲームをやってみてゲームの中に込められたものごとを考察していきます。なぜ集中できるのか、なぜ盛り上がるのかなどいろんな側面から考えることができます。特に論点となるのは、おもしろいとはどういうことか、です。作るゲームは、子どもに何かを教えようとする教育ツールではなく、遊んでいるうちに子どもや周りの大人たちに何らかの影響を与えることを目的としたゲームを企画するようにします。そのためにはおもしろさを組み込むことが欠かせません。創造力、協働作業による高揚・発見・気づき、仮想の世界だからできる積極性や自己実現などを引き出し、教室を非日常へと一時的に変えてくれるのがゲームの魅力です。様々なゲームを体験し、議論を重ねたりレポートにまとめていきます。同時に学生が調べた社会に対する問題意識と遊びをつなげてゲームを作っていきます。

2020年度後期クラスのテーマと取り組み

2020年後期クラスは、包摂的社会を軸に社会的立場の弱い人たちとの相互理解、もしくは環境問題についてのゲーム制作をしました。

各チームのテーマは
①知覚的な排除(母国語以外の国での不便)
②感情的な排除(感情の認識の違い)
③経済的な排除(貧困問題)
④エコロジー
⑤食の問題
⑥環境問題
⑦感覚的な排除(ものの捉え方の違い)

ゲーム実習の所要時間
・主旨説明、ゲームの説明、アイスブレイク(10 分)
・ゲーミング(20 分)
・振り返り、話し合い(10 分)

2020年12月に、大阪市立鯰江小学校の5年生を対象にゲームを行いました。

①創作物によるしりとりで捉え方の違いを可視化する
②宇宙人とのコミュニケーションを成立させる
③ものの生産流通と世界の南北格差から考える
④エコロジーについて知る
⑤食について考える
⑥環境問題を想像する
ゲーム後の意見交換の時間


⑦状況をうまく伝えられないひとが疎外感や孤独感を感じる“感情的な排除”をテーマとしたチームは、一人が選んだ感情をみんなで対話しながら当てに行くゲームを制作しました。

感情的に排除されている状況にある人
・自分が思っていること、状況をうまく伝えられない
・相手に伝わる言葉で伝えられない
・相互理解が進まず溝が深まるばかりの状態である

ゲームのねらい
・感情を表す多くの言葉があることを知る
・自分と相手、大勢と個人、客観と主観など、感情の捉え方がどうして違うのかなどを考えることで、排除する/される前に一度立ち止まるきっかけにする

出題者となる子どもが感情を決める
みんなで表情や単語、チャートを用いてその感情を絞っていく
ゲームの後は、各自の気づきについて話し合う


2021年度前期クラスのテーマと取り組み

2021年前期クラスは、「スキーマの変容」をテーマとしました。
「今まで絶対○○だと思っていたけど、△△という考え方もあると気づく。それもよいと感じる」ことで、ゲームをする人だけでなく、先生や制作する大学生にとっても思い込みを認識したり、行動に変化をもたらすことを狙いとしています。

各チームのテーマは
①コミュニケーションギャップを埋める
②価値観の違いの許容
③これまでできなかったことを自分達でできるようになる
④ジェンダー問題(LGBTQ)
⑤対話の効果を感じる
⑥ジェンダー問題(男女)

2021年7月に、大阪市立鯰江小学校の6年生を対象にゲームを行いました。また2週間後には小学生たちとその後の発表や対話を行いました。

①ゲームをしながら個々の多様な考え方にふれていく
②キャラクター設定の違うメンバーが意見を出し合って旅をしていく
③ピクトグラムを使って既存の物語から自分達の物語を作っていく
④テーマに合わせて髪型・服・パートナー・もちものを集めながら現状の課題を考える
⑤ゲームを通して話すこと・他人の意見を聞くことの楽しさにふれる
振り返りの時間では、ゲームの体験をもとに身の回りの課題について考える



⑥ジェンダー問題(男女)のチームは、ゲームを楽しんだ後に、結果を見ると男、女とはこういうものだという思い込みが可視化され、偏見に気づくゲームを作成しました。

問題提起
・ジェンダー格差問題の原因は物事に男女の偏見があることである
・男女の偏見は知らず知らずのうちにジェンダーに関するステレオタイプが世間に馴染んでいることから生じ、個人の物事の見方や選択に影響を及ぼしている

ゲームのねらい
・無意識下で刷り込まれた男女に関するステレオタイプの影響に気づく
・個人の選択をグループ内で提示し合い、多数派・偏見が生まれる仕組みを体験してもらう

自己紹介カードには、メイクが大好き、家族を守れるような強い大人などが書かれている
自己紹介カードに合う名前をみんなで組み合わせていく
最終的にこれは男性、これは女性という無意識が可視化される
ゲーム後には、偏見はなぜ生まれるのか、個人の物事の見方や選択について対話する


2021年度後期クラスのテーマと取り組み

2021年後期クラスは、「スキーマの変容」をテーマに、「アフォーダンス」も意識しました。アフォーダンスとは、思わず行動をとるようなきっかけが自然や人工物に含まれていることで、ゲームにおいては、穴があるとはめたくなるだろうというようなことを応用しています。

各チームのテーマは
①自発的な自己開示
②他者との考えの違いを知る
③感情の言語化

2021年12月に、滋賀県近江八幡市でフリースクールを運営しているSinceの皆さんに協力いただき実習を行いました。

①みんなで協力してゴールを目指す
みんなで同じ行動をするときの感覚を共有する
②キャラクターの日記を想像して作っていく
他者視点を入れることで発想に広がりが生まれる
③いつも目にしている料理を言語化してみる 
達成感が得られる工夫


実習を通した気づき

これまでの学校 / 施設実習での気づきとして
・ゲームを用いることで子どもたちが活気づく
・授業では見せない表情や態度を出す。
・大学生という存在が、子どもたちにとって親しみやすくかつ憧れの対象でもあり絶妙の関係性を生む
ことが挙げられます。

子どもたちにとってゲームをするのはたのしく、普段はじっとしているのが苦手な子どももふくめてゲームに集中していました。先生の「子どもたちのこんな表情を見たことない」という発言からも遊びの効果がうかがえます。
またゲームをしながらテーマについて疑似体験することで後の意見交換も盛り上がることもゲームのよさを表しています。
大学生にとっては、自分達で社会課題を見つけて調べ、何ができるのかを考えること、世代の違う人たちや教育や施設といったなじみのない社会と関わることからも多くの気づきが得られます。

モノとひととの関係性

学生たちはゲームに様々な情報を組み込みます。ゲームプレイ中に子どもとのやりとりをするための台本も作成しますが、ゲームをやってみると想定通りにいくことや行かないことや子どもたちのアイデアで想定していないことに発展もします。
実習後は、モノ(ゲーム)とひと、ひととひととの関係について考察していきます。

学生達と「!」の部分がなぜ起きたのかを議論するのが有意義な時間となります。モノが人に与える影響について紐解いていきながら、人それぞれに捉え方が違うこと、つまり多様性や固定観念について実感することになります。またこういう議論ができるようになったんだと学生自身も成長を実感します。

ソーシャルデザイン実習を通して

普段は接点のない人たちと関わることで、今まで見えてなかった他者への感度が上がり、社会へのまなざしも変わっていきます。最後の合評からも、学生たちはこの取り組みを通して、今後自分が社会にどのように関わっていくのか、自分が身につけたスキルをどのように活かしていくのか、を考えるきっかけになっていることが伝わってきます。
この「ソーシャルデザイン実習」は、デザイナーの感性とコミュニケーション能力を活かして、多様な人たちとともに社会を創造していくための学びだといえるでしょう。


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