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ゾンビランドナナ

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2022年10月の記事一覧

ゾンビランドナナ #016

 玄関で靴を脱ぐ。コハルはバイクに乗るのに適したライダーシューズを履いていた。この玄関に、柊ナナ以外の靴を置くのは初めてのことだ。
 
「ここが......」
「ここはとはなんだ」
「ミチルちゃんとの愛の巣というわけね」
「......」

 ミチルは先程カメラで確認したときと変わらずソファの上で眠っていた。柊ナナが帰ってくると必ずといっていいほどすぐに起きるのに、珍しい。
 後ろからコハルが顔を

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ゾンビランドナナ #015

「そう言えば、バイクはどこに置いてきたんだ?」
「近くのコインパーキングに」
「案外律儀なんだな」
「高い買い物だったのよ」

 最初見たとき、見覚えがある、いや警戒心からかひどく自分とはかけ離れた人間のように感じたが、こうして隣に並ぶと、短く揃えた暗めも髪といい容姿と言い、なかなか様になっている。似合っている、と言っても差し支えないだろう。
 
「今はミチルちゃんと二人で暮らしているのよね?」

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ゾンビランドナナ #014

 バイトの大学生と休憩時間を代わり、バックヤード。
 スマホのアプリを開き、VPN*経由で自宅のネットワークに接続。部屋の各所に設置した監視カメラを確認する。
 
 飲みかけのコップが机の上に一つ。ミチルはソファで眠っている。ミチルは基本的に柊ナナが自宅にいないときは眠っているが、流石に人が入ってくるような物音がすれば起きる。ということは、まだ家には誰も入っていないと考えられる。
 
 六十四倍速

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ゾンビランドナナ #013

 コンビニに着く。
 
「あ、お疲れ様ッス」
「お疲れ様です」

 今日は店長はいない。バイトの大学生と二人だ。
 
「掃除と品出しも終わってるんで。先に休憩頂きますね」
「はい」

 柊ナナは営業スマイルで返事をする。バイトの大学生は振り向きもせず煙草を咥えてバックヤードへ戻っていった。

「さて……」

 特にすることもない。朝のピークの時間はとうに過ぎ、客足も落ち着いている。店内には誰もいな

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ゾンビランドナナ #012

 それからしばらく経つが、来訪者はいない。
 
 時々アパートの床に塗料を塗り直し、時々工場の派遣に行き、それなりの頻度でコンビニの派遣に行く。そんな生活だ。
 
「行ってきまーす」

 返事は無い。柊ナナは部屋の鍵をかける。一見普通の鍵に見えるが、管理会社に無断で取り付けた米軍採用の鍵だ。
 たとえ銃でも簡単には壊せない。柊ナナが仕事に出ている時は概ねミチルは寝ているので、うっかり内側から鍵を開

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ゾンビランドナナ #011

 加速しかかっていた車。急ブレーキの音。
 スマホはフロントガラスに傷をつけ、ボンネットにバウンドしながらアスファルトに転がった。
 
 運転席の窓が開く。
 
「お前は――」

 男が言いかけたそのタイミングで柊ナナは車の反対方向に回り込む。助手席のドアを開けて中に乗り込み、靴の底に隠し持っていたカッターナイフを展開し、首元に突きつける。
 その間、僅か二秒。反論の暇は無い。
 
「待て、俺はた

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ゾンビランドナナ #010

 夜道に残った足跡を辿る。
 歩幅はやや広い。走っているわけではないが、少し急いでいるようにも見える。

 小走りで先を急ぐ。
 
 街灯の光に小蠅が集る。自販機の明かりが来た道を照らす。
 男の背中は見えない。
 
 恐らく、少し離れた場所に車を駐めているのだろう。徒歩で来れるほど近所から来たとも考えにくいし、移動の利便性を鑑みればアパートのすぐ側に車か何かを駐めておくのが普通だ。あえてそうしな

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ゾンビランドナナ #009

 犬飼ミチルという人間の戸籍は存在しない。
 死んだことになっているからだ。

 いや、事実として死んではいるのだが――
 
 うとうとしているミチルを抱きかかえて布団に運んでやると、またすぐに眠りに落ちた。
 起こさないように、スマホと財布をポケットにしまいアパートを出る。
 ジャージの上から、薄手の黒いジャンパーを羽織る。
 
 男が立ち去ってから、およそ二分が経過した。アパートの階段から下を

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ゾンビランドナナ #008

 レンジでカツ丼を温め、半分以上残して冷蔵庫にしまった。
 
 明日は何の仕事も入っていない。夜更かしをしてもよかったが、肝心のやるべきことが何も無い。
 風呂に湯を張ろうとして、ミチルが起きてこないのを見て、やめた。
 サプリメントの錠剤を口に含み、水道水で飲み込む。軽くシャワーを浴び、ジャージに着替えた。
 
 インターホンが鳴る。
 
 歯磨き粉をつけた歯ブラシを倒れないよう洗面所に置き、玄

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ゾンビランドナナ #007

 帰路。
 サインをもらった報告書を写真に撮り、派遣会社にメールを送った。
 
 アパートからコンビニまで一駅。
 行きは電車に乗るが、帰りは歩くことが多い。通り道にあった赤い自販機。冷たいコーラを買う。封を開け、口をつける。甘ったるい液体が、喉の奥で弾けた。
 
 目の前の道を、選挙カーが通り過ぎた。
 さほど政治に興味は無い。昔のように暗殺を続けていたら、どうだっただろう。それでもやはり、大し

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ゾンビランドナナ #006

 派遣先はいくつかあるが、このコンビニはそれなりに気に入っている。
 賞味期限切れで廃棄になった弁当がもらえる。店舗によっては本部からの指導で本当に廃棄するところもあるらしいが、店長はどうやら本部が嫌いらしい。
 
「こんなに休みも取れない奴隷労働だと知っていたら、コンビニの店長なんてしなかったさ」

 そう言って、この店の店長――兼オーナーは、二本目のタバコに火を付けながらそう言った。
 
「は

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ゾンビランドナナ #005

 暗殺者として、それなりに色々なことを学んできた。
 それなりに戦うこともできる。ただ、それが活かせる仕事など殺し屋以外にありはしないし、重い荷物を持つだけの力もなかった。
 
「いらっしゃいませー」

 派遣の仕事は毎日同じ所に行くとは限らない。今日は、アパートから一駅離れたところにあるコンビニ。オペレーションはどこも似たり寄ったりだ。
 
「お弁当温めますか?」
「お箸いりません」
「お弁当温

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ゾンビランドナナ #004

 先に眠気が来たので、先に眠った。
 翌朝。
 ミチルは柊ナナの腕の中にすっぽりと収まるようにして眠っていた。
 
「おはようございます」
「……おはようございます」

 普通の人間なら暑苦しくて仕方がないが、ミチルはゾンビなのでひんやりとして気持ちがいい。
 まだ眠そうなミチルにタオルケットをかけ、エアコンをつけた。
 
 午前六時。
 朝食は軽く、食パン一枚。何も付けずに食べる。手早く身支度を

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ゾンビランドナナ #003

 風呂の湯が流れる音。
 しばらくして、ミチルが部屋に戻ってくる。
 
 ちらとテレビの上にかけた時計に目をやる。時刻は九時。残業がある日だとこれだけでもう日付が変わっているところだが、今日はまだそれなりに余裕がある。
 
「隣いいですか?」

 こくり、とミチルが頷く。何をするわけでもない。本当なら一緒にゲームができれば良いのだが、一方的にボコボコにされるのは相手にも申し訳ない。
 故に、コント

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