ゾンビランドナナ #009

 犬飼ミチルという人間の戸籍は存在しない。
 死んだことになっているからだ。

 いや、事実として死んではいるのだが――
 
 うとうとしているミチルを抱きかかえて布団に運んでやると、またすぐに眠りに落ちた。
 起こさないように、スマホと財布をポケットにしまいアパートを出る。
 ジャージの上から、薄手の黒いジャンパーを羽織る。
 
 男が立ち去ってから、およそ二分が経過した。アパートの階段から下を見下ろす。男の姿はない。
 階段を駆け下りる。
 今までも、何度かこちらを探るような人間はいた。柊ナナを監視する軍の人間か、それとも――
 
 素性は知れない。一つの組織ではないかも知れない。だが、こうして直接接触を試みて来たのは今日が初めてだった。
 ミチルの存在が公になると取り返しがつかない。

 いつまでも続くとは思わない。だが、少しでも長くこの平穏を享受していたかった。
 柊ナナは、暗殺者だ。

 アパート二階の角部屋。来客を除き、部屋の前を通るのは柊ナナだけだ。
 すぐに追跡できるよう、部屋の前には特殊な塗料を薄く塗ってある。

 財布の中から、小型のブラックライトを取り出す。
 地面を照らすと、すっと夜道に足跡が浮かび上がった。

ちゃんとしたキーボードが欲しいのですがコロナで収入が吹っ飛びました