ゾンビランドナナ #011

 加速しかかっていた車。急ブレーキの音。
 スマホはフロントガラスに傷をつけ、ボンネットにバウンドしながらアスファルトに転がった。
 
 運転席の窓が開く。
 
「お前は――」

 男が言いかけたそのタイミングで柊ナナは車の反対方向に回り込む。助手席のドアを開けて中に乗り込み、靴の底に隠し持っていたカッターナイフを展開し、首元に突きつける。
 その間、僅か二秒。反論の暇は無い。
 
「待て、俺はただ」
「殺しはしない」
 
 そう言って柊ナナは首元を抑える手を緩め、
 
 カッターナイフを男の右目に突き立てた。
 
「―――――――ぐぁッッ」

 引き抜く。男はもう一つうめき声を上げる。
 刃先には血と油と、ゼリー状の粘液がこびり付いている。柊ナナは男の服でそれを拭い、そしてすぐに左目の瞼を指で無理矢理開き、目の前に突き出した。
 
 男の耳元に向かって囁く。
 
「お前は今日、車に乗ろうとした時に躓いて転んだ。そして運悪く、転んだ先に釘が落ちていた」
 
 男は小刻みに震えながら、ぶんぶんと首を縦に振った。
 
 殺しはしない。だが単に恐怖を与えるだけでは、人は簡単に地面を張った痛みを忘れる。
 ならば語らず、与えてやればいい。忘れぬほどの痛み、そして恐怖を。
 
 助手席の扉を閉め、アスファルトに転がったスマホを回収する。そしてまるで何事もなかったかのような顔で、柊ナナは月影を踏んだ。

ちゃんとしたキーボードが欲しいのですがコロナで収入が吹っ飛びました