ほかとは違う音楽の特殊性と危険性

路上ライブで成り上がろうと考えている愚か人がまだ居ます。

わたしは、路上ライブを見つけるとすぐに通報します。
なぜならば「私にとって死ぬほど迷惑」だからです。


「いいじゃん、すきにうたわせればさ」
「夢に向かって頑張っているんだから細かいこと言うな!」
「妬みでしょ!」

などと言う人がいるのは容易に理解できます。

これが、昨今の禁煙社会にて、「路上ライブ」を「路上喫煙」に変えると、多くの方は「けしからん!」「タバコは所定の場所で吸え!」となるでしょう。

路上ライブは完全に「違法」です。警察は個人に「絶対」許可を出しません。
ここまでの論法はよく言われていることですが、大きく声を出していいたいのはもっと違うことです。
路上喫煙以上に路上ライブは迷惑になり得ているということです。

私は音楽家です。正直、プライベートで外を歩いている時に聴きたくもない音楽が耳に入ってくることが本当に不快でなりません。スーパーのチープなインストBGMもかなりキツイです。ですが、スーパーに行くときには
「覚悟」ができます。しかし、路上ライブは嫌でも下手な歌が聞こえてきてしまうんです。それがプロの素晴らしい演奏と歌ならばまだ良しとします。中途半端なピッチとリズムのずれた歌が聞こえてきただけで本当に全身の血が逆流しそうな不快感を覚えます。しかも、それが自分の進行方向にあるのであれば避けたくても避けられません。正直耳を塞ぎます、でも聞こえてしまいます。


外で流れる音楽は必然的に聞こえてしまい、防ぎようがありません


音楽だけが持つ特殊性です。他のことは個人が避けようと思えば避けられます。たとえば下手な絵は一瞬だけで目をそらせば視界から消えます。悪臭は口呼吸で乗り越えられます。


誰が作ったかわからない食いたくもないまずい飯を、いきなり路上で強制的に食わされている


こんな感じです。
あまりにも過敏だと言う人もいるでしょう。ですが、下手な歌に下手だと言えない社会はもっと恐ろしいです。
テレビのカラオケバトルとかをみていると、わざと審査員が褒めることしか言っていないようにしか見えません。昔、アイドルスターの登竜門だった1970年代の番組「スター誕生」での審査員の批評は、それは真剣そのもので怖いを通り越した厳しさがありました。

いま、音楽家になり、スタ誕での審査員が言っていた激烈に厳しい評価はとても良くわかります。
たった一つ「良い音楽『だけ』しか残したくない」からだけです。

日本は文化後進国です。東京都にはヘブンアーティスト制度という野外でのパフォーマンスを公的に認める仕組みがあります。でも、殆どは大道芸系の方たちが利用していて音楽では全く浸透していません。ほかには千葉県の「音街かしわ」東京墨田区「すみだライブストリート」など、自治体が路上ライブを認めているところもあります。

どうしても路上ライブをしたいならば合法手段でそれらを使って下さい。
いまは、路上ライブなどしなくてももっと効率的に音楽を届けられる手段が多く確立されています。

「音楽は、望まない人に届いてしまう可能性がある」


この、音楽だけが持つであろう特殊性をしっかり理解しない限り、「音楽を届ける側に立つ」べきではありません。悪い音楽ばかりが流布し、それに慣れてしまうと、人の耳はどんどん悪くなります。なので、良い音楽だけが溢れる世の中になって欲しいと願っています。

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作曲家です。料理とお酒が趣味です。
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