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【直違の紋に誓って】第三章 若木萌ゆ~帰郷(2)

 確かに、十分に見送ってやれなかった。だが、「二本松に帰る」と言っていたではないか。手紙が来ないのも、「年少だし、それどころではないのだろう」とばかり思っていたのだが。
 水野が首を振った。
「会津から戻る途中で遭難した。それで破傷風にかかって、玉ノ井の病院で死んだそうだ」
「そんな……」
 どうしてあの時、一緒に二本松に帰ってきてやらなかったのだろう。今となっては、取り返しがつかない。
「鳴海様も、惜しんでおられた」
 そういえば、鳴海にも挨拶をしなければ。そう思ったが、さらに水野の言葉は、容赦のない現実を突きつけられた。
「もう少し早く戻ってくれば、鳴海様にもお会いできたのにな」
「亡くなられたのか」
「去年の七月に」
 剛介は顔を覆った。とうとう、生きて御礼を言うことも叶わなかった。本当に、もっと早く二本松に戻ってくればよかった。
 鳴海は、その武功は官軍の間でも有名だったらしい。そのため、終戦直後から「武官にならないか」という誘いが絶えなかったという。
「だが、全てお断りしていたよ」
 ほんの少しだけ、水野が笑った。最後には少将という破格の条件まで提示されて仕官の誘いを受けたが、頑として跳ね除けていた。その代わり、戸長として新しい二本松町民のために、尽力してくれた。諍いがあれば調停に走り回り、かつての民政好きだった和左衛門の姿を彷彿とさせた。
「もう、戦をするのはいいとも言っていたな」
 しみじみと、虎治が呟いた。
 分かるような気はする。だが、剛介の住む若松は、まだ長州や薩摩の者が我が物顔で歩いていることがあった。そのような余所者と、斗南藩から戻ってきた者たちが小競り合いになることも珍しくない。それを止めに行くのも、剛介の仕事の一つだった。
「私も、もう戦うのは十分だ」
 剛介は、顔を上げて水野を見た。
「今ならば、銃太郎先生が我々の出陣願いを却下し続けたお気持ちがよく分かる。自分の教え子らを、戦の場に立たせたくはない」
 虎治も、水野の言葉に頷いた。
「私も、今は人を斬るより助けたい」
 二人の言葉に、剛介は肯定も否定も出来なかった。先程、巡査であることを告げてしまったばかりである。このところ、西国の士族の不平分子が反乱を起こしているというのは、職場でも噂になっていた。
「なあ、剛介。二本松に戻ってきて、私の仕事を手伝ってくれないか?」
 水野の言葉に、剛介は驚いた。まさか、職の勧誘を受けるとは思ってもみなかったのである。
「今、教員は人手不足だ。巡査になれたのならば、学校も通わせてもらったのだろう?それだけの経歴を持っているのならば、こちらの学校にある程度通えば、教師として認められる」
「……」
 かつての学友は、冗談とも本気ともつかぬ顔で言った。
「おい、好之。剛介が困っている」
 虎治が困ったように水野の袖を引いた。どうやら、水野も名を変えたらしい。
「剛介も、会津での生活があるだろう」
「それはそうだが……」
 水野はついと立ち上がると、厠へ行って来る、と廊下の方へ消えた。
 その間に、虎治は剛介の盃に新たな酒を注いでくれた。
「好之は、義父上を亡くされた」
 隣の部屋を気にしてか、小声で囁いた。確かに、三人が座っている部屋にある仏壇には、「安飼院宿誉浄蓮居士」と小さく書かれた位牌があった。
「戦でか?」
 虎治が首を振った。
「霞ヶ城の落城直後に、その場でお腹を召されようとしたらしい。甚内様は、周りの者に一旦諫止されて、米沢に向かわれようとした。だが、米沢に向かう前に、庭坂で一学様らのことを聞いて……」
 剛介は、言葉を失った。水野の義父は、落城時には本城番の職にあった。前途を絶望してなのか、生き恥を晒すことに耐えられなかったのか。いずれにせよ、自ら命を絶った。
「あいつは、もう知己の者を誰も失いたくないのだと思う。それは、私も同じだ」

***

虎治が帰宅してしまうと、水野と二人っきりになった。
 行灯を消し、「そろそろ寝るか」と言うと、水野は暗がりの中で再度言った。
「剛介。先程の事を、考えておいてほしい。子供は二本松の大事な種子だ。それはお主も繰り返し言われてきただろう」
 剛介は、黙っていた。かつて、銃太郎にも鳴海にも、言われた言葉だった。
「私は、我々のように武を以て相手を倒そうとするのではなく、知を以て二本松を守る子らを育てたい。それを手伝ってはくれないだろうか」 
 水野の言葉は、かつて戦場を駆け回った男にしては、いささか意外だった。だが、刀槍や銃をもって駆け回るのは、自分の世代でもう終わりで良いのではないか。
「……考えておく」
 剛介は、ようやくそれだけを言った。

>「下長折(1)」に続く

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