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【直違の紋に誓って】Spin Off~父の背中(2)

 来春の受験に備えて福島の師範学校を見学したいと言うと、貞信は、数日今村家に宿泊させてもらえることになった。幸い、貞信の学校は夏休み中であるから、学業に支障はない。もっとも、教師であるという父は夏休みの間でもそれなりに忙しいらしく、近くにある職場へ足を運んでいた。今は、安達あだち師範しはん学校で教えているとのことだった。
 最初は緊張していた様子の剛介の妻も、徐々に打ち解けてくれた。
「夫から、会津に残してきた御子がいらっしゃるのは、結婚の時に聞かされていたのです」
 妻の名は千紗ちさと言い、郡山の出身だった。父が安積あさか中学の教員に任命された際に、別の教員の伝手で知り合って結婚したという。結婚を機に退職した千紗は、剛介との間に二人の男子をもうけた。貞信の母親である伊都とはまったく似ていないが、いかにも「賢夫人」という印象を受ける美人だ。自分自身も教師をしていたと言われれば、確かにそんな印象を受けた。
 すると、先程の子供たちは自分の異母兄弟ということか。しかも、父母がそろった温かい家庭で、のびのびと育てられている。
 生き別れた父に会えた嬉しさはあったが、同時に、寂しさと弟たちに対する羨ましさも感じた。どうして、父は自分たちを会津に残していったのだろう。千紗が悪いわけでもないし、弟たちに罪があるわけでもない。だが、自分だって父の元で育ちたかった。いや、母のことだって置いていく必要はなかったのではないか。
「あまり、夫を責めないでくださいませ」
 西瓜の大きな一片を勧めながら、千紗は困ったように微笑んだ。特に父を詰る言葉を発した訳では無いが、貞信の微妙な雰囲気で察したらしい。
「夫も、会津の方々のことはずっと気にかけていたのです。ですが、どうしても会津にいられなくなってしまったから……」
「どういうことです?」
 言い方が刺々しくならないように細心の注意を払いながら、貞信は千紗に訊ねた。
「それは、私の口からは申し上げかねます。貞信さんから、直接夫に訊くべきかと」
 そう言うと、千紗は床の間に飾られている一振りの刀に目を向けた。その先には、朱色に塗られた鞘の、脇差しがある。
「あれは?」
 小柄で温厚そうな父には、何だか似つかわしくないような気がした。
「十四のときに、御父上から初陣の祝として贈られたものだそうです」
「初陣……」
 その言葉に、ぞわりと首筋が粟立つのを感じた。つまり、父は武士として戦場に立っていたということか。しかも、今の自分と同い年で。敬司伯父が鶴ヶ城に籠城していた話や、もう一人の死んだ伯父が熊倉の戦いで戦死したという話を聞いたことはあったが、父も戦ったのか。
「では、父は生まれも育ちも二本松で?」
「そうです。今は今村の姓を継いでいますけれど、本姓は武谷。二本松の古くからの家柄です」
 母は、そんなことは教えてくれなかった。いや、もしかしたら母も詳しい話を聞かされていないのかもしれない。
 二本松生まれの二本松育ちであれば、会津に馴染むのは大変な苦労だったのだろう。例えば、今目の前にいる千紗と母の伊都を比べても、何となく雰囲気が違う。母の伊都は時折芯の強さを見せるが、千紗の方は、どこかおっとりとした雰囲気を持ち合わせていた。いや、今は父の事だ。二本松で子供まで戦ったというのは、初めて聞く。
 そこへ、当の父が帰ってきた。強張った貞信の顔を見て、何かを察したように眉をひそめた。
「父上。戦で戦ったというのは、本当なのですか」
 思わず、聞かずにはいられなかった。すると、父は困ったような顔で頷いた。
「本当だ」
 では、なぜ父は会津で暮らし、そして出ていったのだろう。見ると、千紗も困ったような顔をしている。父は人には言えない秘密を抱えているのではないか。そんな気がした。
 明日は二十九日か、と父が呟いた。その日がどうした、と貞信は思った。夏の一日に過ぎないではないか。
「貞信。せっかく二本松に来たんだ。明日は少し、付き合ってくれないか」
 息子に対する命令というよりは、懇願といった体である。やはり、貞信に対して遠慮があるのだろう。
「構わないですが……」
「ありがとう」
 にこりと笑うと、父は背を向けた。その他人行儀な父の様子が、妙に物悲しかった。実の息子が会いに来たのを、もう少し喜んでくれたって良さそうなものなのに。

>「父の背中(3)」に続く

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