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【直違の紋に誓って】第一章 二本松の種子~兄、出陣す(1)

 白河は、古来より奥州入り口の要衝であった。東軍・西軍双方ともそのことは重々承知していた。
 初め、二本松藩は幕命により前年の八月以降白河城の城番として城を守っていた。それが、慶応四年の春に棚倉に移封されていた阿部正静が幕命であるとして、白河への移封を主張した。そこで二本松藩は一度は白河から兵を引き上げ、帰藩させていたのである。だが、幕府は既に大政を還し奉っていた。その幕府の命令に従うのは筋違いではないか、という意見があったため、阿部家は再び棚倉に戻っていった。それと同時に、二本松藩は仙台兵らと共に、再び白河に兵を送っていたのである。
 二本松藩の守備隊は、番頭大谷鳴海、物頭上田清左衛門、中村太郎左衛門、目付丹羽舎人。さらには家老日野源太左衛門、用人青山助左衛門が来て守兵を監督するなど、二本松藩でも重要防衛拠点として、白河を守っていた。
 
 この日も、剛介は木村道場で弾作りに追われていた。先の小競り合いとは異なり、いよいよ本格的に戦が始まりそうだという話は、道場内でも囁かれていた。
 道場での弾作り及び訓練を終えて新丁の自宅近くまで来ると、一人の少年が武谷家の門前で佇んでいた。
「太郎八じゃないか」
 その姿を認め、咄嗟に駆け寄る。少年は、剛介より一つ年上の太郎八だった。父の作左衛門は、剛介や達が生まれる前に別の女性と縁を結んでいたことがあり、太郎八は異母姉の息子だった。血縁上は甥であるが、年が近いこともあり、従兄弟のような感覚である。太郎八は敬学館の成績が抜群であり、番頭方からも見込まれているらしい。
「どうしたんだよ」
 へへっと、太郎八が笑った。
「うん。学館で鳴海様の目に止まったらしくてさ。白河の出張に同行させてもらえることになった」
「いいなあ」
 剛介は思わず嘆息した。優秀な太郎八は、特別に選抜されたのだろう。まだ年少のため伝令くらいしか任せてもらえないかもしれないが、大人と同じ扱いを受ける太郎八が羨ましくて仕方がなかった。
 それに引き換え、自分は日がな弾作りである。もちろんそれも大切な役割だというのはわかっているが、男子たるもの、一度は晴れ舞台に立ってみたいではないか。
 肩を落とす剛介の背を、太郎八はぽんと叩いた。
「そう落ち込むなよ。剛介だって藩の御役に立てるように、砲術に励んでいるんだろう?」
 それはそうなのだけれど。
「剛介も、成績はまずまずなんだし。来年になれば学館で番頭の方々の目に止まることも、あるだろうさ」
「そうかな」
「そうだよ」
 太郎八は重大な役割を任されたにも関わらず、何処かへ遊びに行くかのような気軽な様子だ。その胆力も含めて、本当に羨ましい限りだ。
「いいなあ」 
 再度、剛介は嘆息した。

閏四月二十日早暁、会津が後門、前門、外城の三方から攻め込んできた。白河の守備に当っていた鳴海は驚いた。会津には同情するが、本気で攻めてくるとは思わなかったのである。気がつくと、西方にある会津町から火の手が上がっているではないか。そのうち一隊は次々に外城の女垣をよじ登って、塀を乗り越えて城内の敷地に降りてくる。そのまま、城門を開いて会津の全軍を城内に入れてしまった。
(そんな馬鹿な)
 守将としての面目にかけて、ここは問い質さなければならない。鳴海は、敵将の責任者らしき男の腕を取った。
「貴藩の事は、密かに助けて参ったつもりである。それにも関わらず、城下に火を放ち砲を発して攻め入るとは、どのような御所存か」
 鬼鳴海の名は伊達ではない。顔を真っ赤にして双眸に怒りの色を浮かべる鳴海に対し、会津の将は、一瞬たじろいだかに見えた。だが、頑然として動かない。
「総督を始めとして、薩長を欺かなかればならぬでしょう?」
 その言葉に、鳴海は言葉を詰まらせた。確かに、今は微妙な情勢だ。今までの偽戦が総督や薩長に発覚したら、どのような言いがかりをつけられるか、知れたものではない。嫌疑を招くような真似は慎むべきである。
 会津の将は更に畳み掛けた。
「貴藩に嫌疑が掛かるのを避けるために、攻撃の様相を見せたに過ぎぬ。どうか、これを了承しては頂けまいか」
 会津にも、会津の立場がある。そう納得するしかないだろう。
「相解った」
 一言述べると、鳴海は軽く手を挙げ、自陣に戻った。
 もっともこの前日、一緒に守備の任に当っていた仙台藩兵は仙台、二本松に無断で須賀川まで撤退している。どうやら、会津と仙台の間では予め攻撃の取り決めが交わされていたものと見える。だが、その密約は二本松に知らされることなく、二本松藩はとばっちりを食らったとも言える。

>「兄、出陣す(2)」へ続く

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