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【直違の紋に誓って】第三章 若木萌ゆ~熊本(3)

 剛介は、にこりと微笑んでみせた。まだ二十三の剛介を捕まえて、「おじさん」はなかろうと、内心苦笑しないでもない。だが、子供の目からすれば、大人は全て「おじさん」なのだろう。
 そんな剛介の様子を、関は感心したように見つめていた。年若の剛介が、子供を手懐けるのが意外だったのだ。
「お前、子供のあしらいが上手いな」
「これでも一応、父親ですから」
 眼の前にいる子供は、貞信よりも随分年長の子供だ。だが、剛介の保護者めいた雰囲気に、安心したのだろう。いつの間にか、先程の不安げな雰囲気は消えていた。一方関は、なぜか呆然と歩みを止めた。
「……子供がいるのか?」
「いますよ。三つになる息子が」
「信じられん。何で年若のお前に、息子がいるのだ」
「別にいいでしょう、息子くらい」
 大人気なく、剛介も言い返した。戦場で里心がついて気が緩むと困るため、基本的には家族の話は禁忌である。だが、関にどうこう言われる筋合いはない。
「良くない!」
 関は、今にも地団太を踏みかねない様子である。
「ということは、妻もいるのか?」
「もちろん」
 うわあ、と関が頭を抱えた。自分よりはるか年下の剛介に、妻子がいるというのがよほど衝撃的だったようだ。
「そいにしても、お主が子持こもっじゃったとは意外じゃったな」
 宇都がおかしそうに笑う。
「どういう意味です?それ」
「女にはてかとおもちょった」
「だよな」
 今度は問い返さなかった。女に疎いのは否定しないが、結婚して五年になるのだ。今更、女の是非について論じる気にもならない。代わりに、ふんと鼻を鳴らしてやる。
「そういう宇都さんはどうなんです?」
おいか?かつては許嫁もいたがな……」
 宇都はそう言うと、ふっと視線を逸した。そういえば、私学校から脱走したこの男は、村八分にされたと言っていた。きっと、許嫁とも別れる羽目になったのだろう。
「何だよ。宇都も許嫁がいたのか。畜生、俺もこの戦が終わったら、嫁を貰うぞ」
「はいはい、頑張ってくださいね」
 そんな三人に、件の子供は呆れた眼差しを送った。
「救恤所に連れて行ってくるるんやなかったんか?」
「あ、ああ……」
 子供の言葉に、我に返った剛介と関は、頭を掻いた。それにしても、この子はなぜ一人で夜道を歩いていたのだろう。
「身内の者は?」
 剛介の言葉に、少年は首を横に振った。
「父や兄が熊本隊に引っ張られたけん。兄は、十五なんに……」
 三人は、顔を見合わせた。少年の言葉が本当だとすれば、薩軍は既に強制的に徴兵を行っているに違いない。
 少年は言葉を続けた。
 兄は、出来れば戦など出たくないと反抗の色を見せた。だが、戸長の命令には逆らえない。その戸長からして、薩軍の息がかかっており、従わねばこの少年を殺すと脅された。
 少なくとも、自分のときは殿の前に体を投げ出すのが当然という自覚があった。それが、二本松武士の在り方だから。だが眼の前の少年は、どう見てもそんな教育を施されていない、普通の子供だった。
 従軍を望んでいない者も、容赦なく脅し戦場に連れていく。それが、かつて武士だった者のすることか。 剛介は、薩軍のやり方に深い怒りを覚えた。
 子供を救恤所まで送ると、三人は頼まれた買い物を済ませ、官舎に戻った。だが、関は先程の衝撃を引きずっているのか、未だ浮かない顔である。いや、不機嫌そのものである。
「子供がいるなんて、狡いぞ」
 官舎に戻ってからも、まだぶつぶつ言っている。
「何の話だ?」
 厄介な事に、菅原まで割り込んできた。人の私事など、別にいいではないか。
「遠藤の奴、子持ちだとよ」
「だーかーら、構わないでしょう。れっきとした夫婦なんですから」
 剛介は、顔を上気させた。剛介の歳で子供がいるのは、特段珍しいことではない。
「へえ。顔に似合わずやるな」
「止めてください」
 ニヤニヤと笑う菅原を、剛介は軽く睨んだ。
「こいつの細君は、なかなかめんこい顔をしているそうだぞ」
 とうとう、窪田まで参戦してきた。義兄の敬司を知っているということは、伊都のことも聞いているのだろう。
細君や当然、会津の人だよな?せっかくだ。馴れ初めを教えろ」
 意外にも、宇都も会話に加わってきた。まったく、人の細君と息子で、よくぞこれだけ盛り上がれるものだ。
 こうなれば、自棄である。
「妻に迎えたのは、五年前です」
 剛介は、仕方なく語りだした。

「――とまあ、そんなわけで妻を娶った」
 一通り話してから、剛介は改めて赤面した。今思い返しても、なかなか恥ずかしい。本当に、何という話をさせてくれるのか。
「何だ、その羨ましすぎる話は」
 案の定、関はますます機嫌を損ねている。初恋の相手と一つ屋根の下で育ててもらい、舅は、実は最初から婿にする積りであったらしい。しかも、相手はずっと剛介に想いを寄せてくれていた。
 なるほど、独身者には羨ましすぎる話だろう。
「……で、子供も出来た、と」
 関よりはやや落ち着いた様子で、菅原が話を引き取った。
「幾つだ」
「三つです」
 貞信は結婚の翌年に、伊都の肚に宿った。自分の子供が出来たと伊都から告げられたときの感動は、今でも覚えている。「二本松の種子」はいつの間にか、次世代へ血をつなぐ大人へと変貌しつつあった。また、自分自身がまだまだ至らないところもあったが、たとえ名字が変わろうとも、武谷の血をつなぐことが出来たという奇妙な安堵感もあった。そして、生まれてきたのは待望の男児であった。
「なるほど」
 あからさまな惚気話に当てられたか、窪田がぐびりと葡萄酒を飲み干した。
「実際に子供こどんがいるのでは、酷くは当たれないか」
 苦笑しながら、宇都が言う。剛介も、その通りだと認めざるを得ない。どうも相手が少年兵だと、あの頃の自分を重ねたり、貞信が成長した姿を重ねたりしてしまうようである。だが、実際に斬り込んでくるのは少年兵も多かった。かつて二本松城下では自分も見逃してもらったが、あのときの薩摩の指揮官は、どのような思いで見逃してくれていたのだろう。
「いっそ、捕まえたらどうだ?」
 窪田が、思いがけない提案をしてくれた。
「は?」
「虜囚にしてしまえばいい。確か、虜囚を捌く裁判所もできたはずだ」
 窪田の言葉は本当で、軍団裁判所が、この熊本の地にも設立されていた。薩長を中心とする西軍が戊辰の役であまりにも好き勝手に振る舞い、会津を初めとする奥羽各地の恨みを買ったのは、記憶に新しいところである。その反省を生かしたのか、近代国家として認められるのを急いでいるのか判別しかねるが、ともかく、政府軍の虜囚への扱いは、比較的穏やかなものであった。
「武功としては、一段落ちるかもしれんがな。殺さずとも良いのであれば、無理に殺す必要もあるまい」
 なるほど、それは一理ある。相手が素直に服従してくれるのであれば、それに越したことはない。剛介だって、無闇に人の命を奪いたいわけではないのだ。それでは、畜生と変わりがないではないか。
「だが、いざとなったら迷うなよ。遠藤」
 念押し、という体で窪田は剛介に告げた。
「分かりました」
 今までの迷いが嘘だったかのように、剛介は、憂眉を開いた。それならば、自分でもできる。 

>「御船(1)」に続く

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