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スマホゲームのガチャ課金の返金が争われた事例(スマートフォン向けオンラインゲーム事件)

スマホゲームの「ガチャ」に関する誤表示は、炎上の典型パターンの1つです。
通常、訴訟に発展することは稀ですが、今回は「ガチャ」のお知らせの誤表示による課金について、返金が争われた裁判例(東京地判令和3年11月19日)をご紹介いたします。

なお、本件にはいくつかの論点がありますが、課金相当額の返金に関する点に絞ってご紹介いたします。

事実関係(裁判所の認定)

X:本件ゲームのユーザー
Y:本件ゲームを提供する会社

簡単な時系列は以下の通りです。
※ 判決文では伏字が多くわかりづらいため、以下「ガチャ」「ジェム」「アイテム」といった一般的な言葉に置き換えてご説明いたします。

令和2年9月1日0:00

  • 本件ガチャ(※)開始

  • 「お知らせ」では、本件ガチャについて「STEP3で新アイテムが1枚確定!」と表記されていた。

  • しかし、実際には本件ガチャは、「新規実装の☆4アイテム」ではなく「☆4アイテム」が、必ず提供されるものであった。

※ 本件ガチャはいわゆる「ステップアップガチャ」で、初回は半額でガチャを引くことができ、3回目にはレア度の高いアイテムを確定で入手することができるものでした。

本件ガチャの概要(筆者作成)

9月1日0:03

  • Xは、STEP1を引き、11枚のアイテムを入手した。

9月1日2:09

  • Xは、Yとの間でジェム5000個の購入契約を締結し、代金4900円を支払い、ジェム5000個を取得した。

  • Xは、ジェム2500個を消費してSTEP2を引き、続けて、ジェム2500個を消費してSTEP3を引いた。

  • Xは、STEP3を引いた後に表示された結果一覧画面を見て、当選したアイテムの中に新☆4アイテムが含まれておらず、STEP3を引いた結果が「お知らせ」の内容と異なっていることを認識した。

  • Xは、これらのアイテムを受領するかどうか、また受領するとしても、アイテムを1枚ずつ個別に受領するか、一括で22枚全部を受領するかを選択することができたが、一括で22枚全部を受領した(※受け取り期限は9月30日まで)。

  • Xは、STEP3を引いたことで、新☆4アイテムではない、☆4アイテム1枚を入手した。

9月1日8:50-16:30頃

  • Yは、該当の「お知らせ」を非公開に変更した(8:50頃)

  • Yは、誤表示があった旨を「お知らせ」に表示した(12:30頃)

  • Yは、謝罪した上で、0:00-8:50の間にSTEP3を引いた全ての利用者に対し、「お詫び」としてSTEP3で消費したジェム2500個の返還をする旨を「お知らせ」に表示した(16:30頃)

9月1日23:50頃

  • Xは、上記返還対応で付与されたジェム2500個を受領した。

  • Xは、9月3日以降、別途ガチャを引いたことで上記ジェム2500個を消費した。

上記経緯の後、XはYにメールを送るなどして返金等を求めましたが、最終的に訴訟に至りました。

Xの請求

Xの返金に関する請求は、主に以下の2つです。

1.不法行為に基づく損害賠償請求
 簡単に言いますと、景品表示法や消費者契約法に違反した違法な表示によって、4900円分のジェム購入を行い、損害を受けたために、4900円を賠償せよ、という請求です。

2.「不実告知」を理由とした取消しによる不当利得返還請求
 簡単に言いますと、「お知らせ」の誤表示は、消費者契約法上の「不実告知」(※)に該当し、ガチャのためのジェム購入は取消しができるため、ジェム購入契約の取消しにより、4900円を返金せよ、という請求です。
※ 契約締結の判断に通常影響を及ぼすべきものについて事実と異なることを告げること

なお、厳密には、ガチャ契約の取消しとジェムの返還も主張されていますが、今回は返金のみ取り上げます。

結論

Xの請求をいずれも棄却する。

理由

1.不法行為に基づく4900円の損害賠償請求

裁判所は、要するに、以下の2点から、損害はないとしました。
①Xがジェム2500個の返還を受けたこと
②ガチャの結果であるアイテム22枚を(受領しないこともできたのに)あ えて受領したことから、アイテム22枚がXにとって価値がないとはいえないこと

…原告は、本件購入契約により取得したA5000個を消費して本件STEP2、3を引き、その結果入手した22枚のCを全て本件ゲームにおいて使用した上…、本件返還対応によりA2500個の返還を受け、それも全て本件ゲームにおいて消費した…。
また、原告は、…当選したCの中に新4Cが含まれておらず、本件STEP3を引いた結果が本件告知画面の内容と異なっていることを認識したものの、その後、本件STEP2、3で当選したC22枚について、全て受領しない、あるいは、新4Cでない本件Cのみ受領しないといった選択もできたにもかかわらず、22枚全てを受領した…。原告が被告に対し、本件誤表示への対応に関するメールを度々送っていたこと…に照らすと、仮に原告にとって新4Cでない本件Cが価値の無いものだったのであれば、これを直ちには受領せず、被告に対し、本件告知画面の内容に反して新4Cが提供されなかったことをメールで伝え、対応を求めるなどの行動に出るのが自然であるところ、原告はそのような行動をとることなく、本件Cを含む22枚のCを全て受領したのであり、それらのCが原告にとって価値の無いものであったとは認められない。
これらの事情に照らせば、原告は、本件購入契約を締結し、本件STEP2、3を引いたことにより、それに見合う対価を享受しているというべきであり、被告において賠償すべき損害の発生は認められない。

東京地判令和3年11月19日

※A:ジェム、C:アイテム、本件購入契約:ジェムの購入契約、本件告知画面:誤表示のあった「お知らせ」の画面

2.「不実告知」を理由とした取消しによる不当利得返還請求

2.-1 不実告知について

裁判所は、以下の4点から「不実告知」に当たるとしました。
①新☆4アイテムが欲しい利用者がSTEP3を引くのに必要なジェムを持っていなければ、本件ガチャの期間中に購入する等してジェムを入手する必要があること
②利用者は「お知らせ」に表示される情報を重要なものと受け止めること
③STEP3を引いたのに新☆4アイテムを入手できなかったことに関して、SNS上に驚きや困惑、怒りのコメントを投稿した利用者も少なからずいたこと
④Yも本件誤表示を謝罪し、STEP3を引いた利用者に対し、本件返還対応を行ったこと

…新4Cを欲する利用者が本件STEP3を引くには、本件STEP1、2も引かなければならず、また、本件STEP1ないし3を引くのに必要なAを保有していない場合には、本件Eが開催されている11日間内に必要な分のAを購入するなどしてこれを入手する必要がある…。
また、本件誤表示は「お知らせ」画面に表示されたものであるところ、被告は、本件誤表示があったことや本件返還対応をすることについていずれも「お知らせ」画面に表示することで利用者に告知しており…、利用者は
「お知らせ」画面に表示される情報を重要なものとして受け止めるものと考えられる。
これらの事情に加え、本件STEP3を引いたのに新4Cを入手できなかったことに関し、H上に驚きや困惑、怒りのコメントを投稿した利用者も少なからずいたこと…、被告も本件誤表示を謝罪し、本件STEP3を引いた利用者に対し、本件返還対応を行ったこと…などに照らせば、本件誤表示は、新4Cを欲する利用者にとって、Aを購入するか否か、本件STEP1ないし3を引くか否かについて判断する際に通常影響を及ぼす事項について真実と異なることを告げるものであり、消費者契約法4条1項1号の不実告知に当たるというべきである。

東京地判令和3年11月19日

2.-2 因果関係について 

不実告知による取消しを行うためには、不実告知によって誤認をして、契約の申込みを行ったという因果関係が必要です。

裁判所は、以下の2点から、因果関係があったとしました。
①Xが、ガチャ開始後2時間でジェムを買ってSTEP2,3を引いたこと
②Xが、これまでに「新☆4アイテム確定ガチャ」以外のガチャのためにジェムを購入したり、STEP2,3を引いたことがないこと

そして、原告が、本件Eの提供が始まってからわずか約2時間以内に、本件購入契約を締結するとともに本件STEP1ないし3を引いたこと…、これまで新4Cの提供が確約されないEを引くために、原告がAを購入したり、STEP2、3を引いたりしたことがあるなどの事情はうかがわれないことに照らせば、原告は、本件誤表示により、本件STEP3を引けば新4C1枚が確実に提供されるものと誤信して、本件購入契約、本件STEP2契約及び本件STEP3契約を締結したものと認められる。したがって、原告は、消費者契約法4条1項に基づき各契約を取り消すことが可能であったといえる。

東京地判令和3年11月19日

2.-3 法定追認について

不実告知による誤認が解消した後に、「全部又は一部の履行」(相手方からの履行を受領する場合を含む)をした場合、法定追認が成立し、取消権が失われます。

裁判所は、XがSTEP3を引いた結果が「お知らせ」の内容と異なっていることを認識した後、アイテム22枚を受け取ったことが、「全部又は一部の履行」(履行の受領)に当たるとして、法定追認により取消権が失われたとしました。

しかし、以下に述べるとおり、原告は、法定追認事由に該当する行為をしたことにより、取消権を失ったものと認められる。
原告は、本件STEP3を引いた後に表示された結果一覧画面を見て、当選したCの中に新4Cが含まれておらず、本件STEP3を引いた結果が本件告知画面の内容と異なっていることを認識したものの、その後、本件STEP2、3で当選したC22枚について、全て受領しない、あるいは、新4Cでない本件Cのみ受領しないといった選択もできたにもかかわらず、22枚全てを受領した…。
不実告知により締結した契約を「追認をすることができる時」(民法125条柱書、消費者契約法7条1項)とは、不実告知による誤認が解消した時、すなわち、消費者が告げられた重要事項が真実と異なることに気づいた時をいうと解されるところ、本件STEP3を引けば新4C1枚が確実に提供されるという本件告知画面の内容に反して、新4C1枚が提供されなかったことを原告が認識した以上、その時点で、不実告知による誤認は解消されたものと認められる。そして、法定追認事由である民法125条1号の「全部又は一部の履行」には、取消権者が、債権者として相手方からの履行を受領する場合も含まれると解されるから(大判昭和8年4月28日民集12巻1040頁参照。なお、当該解釈について当事者間に争いはない。)、原告が、本件STEP3を引いた結果が本件告知画面の内容と異なっていることを認
識しながら、本件STEP2、3で当選したC22枚を全て受領したことは、本件購入契約、本件STEP2契約及び本件STEP3契約に基づく被告の履行を受け容れたものといえ、上記法定追認事由に該当するものと認められる。
したがって、原告は上記各契約を追認したものとみなされるから、もはや取り消すことはできず、被告の不当利得返還義務は認められない。

東京地判令和3年11月19日

若干のメモ

1.不法行為に基づく4900円の損害賠償請求

本件の状況は以下の通りです。
理想:ジェム5000個消費       ⇔アイテム22枚(新☆4・1枚)
現実:ジェム5000個消費(2500個返還)⇔アイテム22枚(☆4・1枚)

これに対して、裁判所は、以下の2点から、損害はないとしています。
①Xがジェム2500個の返還を受けたこと
②ガチャの結果であるアイテム22枚を(受領しないこともできたのに)あ えて受領したことから、アイテム22枚がXにとって価値がないとはいえないこと

しかしながら、以下のとおり、この認定にはやや違和感があるところです。

  • 形式的には、Xは「新☆4アイテム」-「☆4アイテム」の損害を負っており、本来はこれがジェム2500個の返還で補填されているかの検討が必要であったように思われますが、この点についての言及がありません。

  • 仮に、「新☆4アイテム」と「☆4アイテム」を同価値と考えたのだとしても、そうであれば、①②の理由付けは違和感がありますし、後の不実告知において、今回の誤表示が重要事項と認定したこととも整合しません。

  • また、上記の理想と現実の差は「新☆4アイテム」と「☆4アイテム」ですので、理由②の「アイテム22枚がXにとって価値がないとはいえない」ことは、損害の有無とあまり関係がないように思われます(「Xにとって」の一文も趣旨不明です)。

この点は、「新☆4アイテム」-「☆4アイテム」の損害やジェム2500個の価値は、客観的な算定が難しいことから、少し抽象的な認定がなされたのかもしれません。
私見としては、損害無しとの結論もあり得る事案とは思われますが、その理由付けはやや不十分であったように感じるところです。

2.「不実告知」を理由とした取消しによる不当利得返還請求

2.-1 不実告知について

前述のとおり、「不実告知」(契約締結の判断に通常影響を及ぼすべきものについて事実と異なることを告げること)によって誤認して申込みをした場合、消費者は取消しが可能です。

裁判所は、利用者は「お知らせ」の情報を重要なものとして受け止めることや、新☆4アイテムが欲しい場合、ガチャ期間中にジェムを入手する必要があることなどから、「お知らせ」に「STEP3で新アイテムが1枚確定!」と表示したことは、不実告知に当たると判断しました。

こちらは、ガチャの重要な点に関する誤表示は、多くの場合「不実告知」に当たることを示す判断といえます。

何故なら、本判決が不実告知にあたるとした理由(①ガチャ期間中にジェム入手の必要がある、②「お知らせ」情報を重要なものとして受け止める、③SNS上に驚き・困惑・怒り等のコメントを投稿した利用者もいた、④会社が誤表示を謝罪して対応を行った)は、多くのガチャの誤表示の場合にも当てはまるためです。
そのため、誤表示が重要な点に関するものであれば、「不実告知」に当たると判断される可能性が高いと考えます。

元々、ユーザーに不利なガチャの誤表示は、不実告知に当たることがあるとは考えられていたものの、これを明確に当たるとした裁判例はありませんでした。
本判決は、この点で重要な裁判例といえます。

なお、具体的にどのような点に関する誤表示であれば、不実告知となるかは、本判決では示されていませんが、本件のようなガチャの排出率に関係する誤表示は、利用者にとって関心が高い事項ですので、不実告知に該当する可能性も高くなると考えます。
他方で、キャラの性能やスキルの誤表示の場合、その点が利用者にとって関心が高い事項であることを立証する必要があり、不実告知が認められるハードルはやや高くなると思われます。

2.-2 因果関係について 

ガチャの誤表示があった場合、不実告知によって誤認をして、契約の申込みを行ったという因果関係の立証が必要です。
ただ、この因果関係の立証は容易ではない場合も多いでしょう。
例えば、新ガチャは毎回10000円入れて引いている利用者が、誤表示のある新ガチャを引いた場合、誤表示があろうがなかろうが課金していたわけですから、誤表示と申込みの因果関係はないと判断される可能性もあると考えます。

今回のXは、自制心の強い方だったようで、これまでに「新☆4アイテム確定ガチャ」以外のガチャのためにジェムを購入したり、STEP2,3を引いたことがありませんでした
※ 本件ゲームのステップアップガチャには、時期によって「新☆4アイテム確定」と「☆4アイテム確定」の2種類が存在していました。

そのため、ガチャ開始2時間後にジェム購入とSTEP2,3を引いたことも併せて、不実告知と申込みの因果関係を認めています。

この点は、誤表示の内容はもちろん、利用者の過去の課金の方針・実績等の事情も踏まえ、因果関係の有無が判断されることになるでしょう。
私見としては、課金のタイミングやガチャを引く・引かないは、誰もが論理的に判断するものではないですし、本件のように明確な課金のルールがない利用者の場合であっても、ある程度柔軟に因果関係を認定すべきと考えます。

2.-3 法定追認について

前述のとおり、不実告知による誤認が解消した後に、「全部又は一部の履行」(相手方からの履行を受領する場合を含む)をした場合、取消権が失われます。

今回は、「XがSTEP3を引いた結果がお知らせの内容と異なっていることを認識した後、アイテム22枚を受け取ったこと」で、法定追認により取消権が失われたとされていますが、これはあまり一般的なスマホゲームには当てはまらないと考えます。

すなわち、本件ゲームは、ガチャを引いた後、引いたアイテムは「プレゼント」に格納され、利用者が受け取る操作が必要、という仕様になっていました。
つまり、このような操作なく、ガチャ結果を受領するタイプのスマホゲームでは、いつ法定追認が成立するのか、そもそも法定追認が成立するかは、本判決からは不明です。

この点について、従前の議論はあまりないように思われます。
検討しますと、少なくとも、ガチャ後に結果を確認するタイミング、つまり、「ガチャ結果確認画面のタップ」をもって法定追認を成立とするのは不当と考えます。
タップの時点ではデータ上、ガチャ結果を既に受領していることが多く、タップが「履行を受領」とは言い難いですし、実態としても、利用者は不実告知による取消しがほぼ不可能となるためです。

私見としては、追認は成立しないとの整理のほか、ガチャで得たアイテムをゲーム内で使用したこと(例えば凸素材として消費した、育成して出撃したなど)、「詫び石」を消費したことなどによる黙示の追認の成立が認められる場合もあるものと考えます(民法第122条)。

余談

通常、ガチャの誤表示で訴訟が提起され、しかも判決まで至ることはありません。
これは、一般的には、消費者1人の課金分(数千円から数万円程度)よりも、訴訟に要する費用(印紙代や弁護士報酬等)の方が高くなるためです。

本件は、ロースクール生のXによる本人訴訟であったこともあり、訴訟・判決まで至った稀有な例となりました。

ガチャに関しては、従前ご紹介した景品表示法の違反が問題になることが多いところですが、本件のように消費者契約法も問題になりますので、参考になれば幸いです。

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