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改シナリオ⑤『空に記す~鹿児島編~』

~放送記録~

2017年9月9日放送 
文化放送「青山二丁目劇場」
≪キャスト≫
矢島寛二 古川登志夫
北川 純 田中秀幸
宮本千代 柿沼紫乃
宮本拓也 安西英美
瀬戸   徳山靖彦
ナレーター 山下恵理子

~登場人物~

矢島寛二   旅人(元医者) 50代後半  
北川 純   旅人(元弁護士)50代後半   
宮本千代   民宿経営    30代後半
宮本拓也   千代の子ども     8歳
瀬戸     観光協会職員  30代後半
ナレーター


〇  鹿児島県 在来線の駅

  ホームに佇む純。
 そこに寛二が、ビニール袋に入った駅弁と缶ビールを
 持って歩いてくる。

寛二「お待たせ」

純「遅いぞ、寛二」

寛二「すまない」

純「弁当買うだけで、なんでこんなに時間かかるんだ」

寛二「へへへ」

純「ん?」

寛二「ちょっとね」

純「嫌な予感がする。お前が笑う時は、ロクなことがない」

寛二「珍しい人に会った」

純「誰?」

寛二「熊さん」

純「えっ、熊さん!」

寛二「売店の前でばったり」

純「挨拶してくる」

寛二「純、やめとけ」

純「なんで」

寛二「あれだよ」

純「え?」

寛二「いつもの」 

純「あぁ、また」 

寛二「ああ、誰かにフラれたみたい」

純「は~」

寛二「見るからに肩を落として落ち込んでた」

純「熊さんいい人なのに」

寛二
「帽子に手をかけて熊さんこう言ったんだ
『なあ、寛二、じっと耐えて、一言も口を利かず、
 黙って背中を見せて去るのが、男というものじゃないか。
 ほら、見な、あんな雲になりてえんだよ』
(寅さん風)って」

 純「言ってる姿が目に浮かぶ」

 寛二「だから、そっとしておこう」

 純「わかった、しかしお前は薄情な人間だな」

 寛二「は?」

 純「熊さんには旅のイロハを教えてもらってお世話になって
  いるのに、失恋を笑うなんて」

 寛二「笑ってない、ニヤけただけ」

 純「同じだ」

 寛二「あんな雲って言われても、
   売店の前から空見えないんだから(笑いを堪えて)」

 純「熊さんには見えたんだろう」

 寛二
「それにフラれるの何回目? 
 俺も最初のうちは真剣に心配したけど、
 段々と熊さんがフラれてるうちは
 元気な証拠だって思うようになって。
 恋愛を繰り返すって、パワーがあるってことだろう?」

 純「確かに」

 寛二「酒と女が好きなうちは、元気な証拠。
   ホラ買ってきた、地元のビールだ」

  寛二は、ビニール袋からビールを取り出す。

 純「都合よく酒に繋げるな」

 寛二「あれ、呑まないの?」

 純「呑まないとは言っていない。駅弁にはビールが合う。
  しかも地元のものなら尚更」

 寛二「純は、本当素直じゃないなぁ」

  電車の出発のベルが鳴る。

 純「急ごう、寛二」

 寛二「ああ」

  寛二と純は、ホームを走る。

 ナレーター
「旅人の矢島寛二と北川純は、
  訳あって二人で日本全国を旅している。
  様々な場所で、様々な人に出会い、
 その数だけドラマがある。
 今回は鹿児島県の桜島に足を踏み入れた寛二と純。
 どんなドラマが待ち受けているやら」

 

〇 桜島フェリーターミナル 観光案内所

  案内所にいる瀬戸に、寛二と純が話しかける。

 寛二「そこの案内所で聞いてみよう」

 純「うん」

 寛二「ちょっと、お兄さん」

 瀬戸「はい」

 寛二「桜島、初めてきたんだけど」

 瀬戸「ようこそ、いらっしゃいました」

 寛二「今日、泊まれる宿あるかい?」

 瀬戸「何名様ですか?」

 寛二「おとな二人」

 瀬戸「かしこまりました」

 寛二「出来れば、安い方がいいなぁ」

 純「私達予定が決まってないもので、
  連泊の融通がきくところがあれば、尚良いのですが」

 瀬戸「かしこまりました、少々お待ちください」

  瀬戸、千代に電話する。

 瀬戸
「もしもし瀬戸です。千代さん? 今日って部屋空いてる?
 大人二名様なんだけど。うん、わかった、うん、
 ご案内するから、ちょっと待って、
 すいませんお客様、お名前をフルネームで
 頂戴してもよろしいでしょうか?」

 寛二「矢島寛二と、家来A」

 瀬戸「えっ、ヤジマカンジ様とケライエイ様で……」

 寛二「うん、家来AとBがいるんだけど、
   今日はAを連れて来た、あははは」

 純「すいません、違います、北川純でお願いいたします」

 瀬戸「承知致しました」

 純「ふざけるな」

 寛二「あははは、冗談だよ」

 瀬戸
「もしもし、ヤジマカンジ様とキタガワジュン様で。
 はい、どうもよろしくです。お客様、お待たせしました。
 ここから徒歩15分くらいのところに、
 千代さんという女将さんがやっている民宿宮本を
 ご用意させて頂きました。」

 寛二「民宿宮本、いい名前だ。気に入った」

 瀬戸「ありがとうございます」

 純「どんな宿ですか?」

 瀬戸「民宿宮本は桜島で一番長くやっている宿で、
   千代さんは二代目の女将さんです」

 純「ほう、老舗ですね」

 瀬戸「小さな民宿で、
   千代さんが独りで切り盛りしていますが、
   家庭的な温かいサービスが評判の宿でございます」

 寛二「そうか、ありがとうよ。お兄さん、名前は?」

 瀬戸「瀬戸と申します」

 寛二
「瀬戸さん、さっきは、こいつが家来っぽい顔してるから、
 つい家来Aって言っちまった。悪かったな、あははは」

 純「家来っぽいって、どんな顔だ」

 

〇 民宿宮本 玄関前

   寛二と純、港から歩き、暑さのため疲れている。

 純「ふー、着いた」

 寛二「疲れた。思ったより遠かったな。
   ふー、えっ、ここ?」

 純「んーなかなか味わいのある民宿だ」

 寛二「古い……今まで泊まった中で一番ボロ宿だな。
   千代さんって女将さんが独りでやってるらしいから、
   さしずめ、ばあさんが女将をやってるんだろう」

  古い引き戸を開けて、中に入る。

 純「ごめんください」

  返事がない。

 純「ごめんください」

 寛二「ばあさんだから、耳が遠いんだろう。
   千代さーん、いるかい?」

  拓也、出てくる。

 拓也「だれ?」

 寛二「ぼく、ここのひと?」

 拓也「ぼくって、ガキあつかいすんなよ」

 寛二「すいません(虚をつかれる)」

 純「名前は?」

 拓也「たくや」

 純「おじさん達、ここに泊まりに来たんだ」

 寛二「ばあちゃん、いるかい?」

 拓也「ばあちゃん?」

 寛二「ああ」

 拓也「いないよ」

 寛二「どこにいった?」

 拓也「いないもんはいないの。
   プライベートに口出しすんなよ」

 寛二「プライベート(虚をつかれる)」

 拓也「おじさんデリカシーないよ」

 寛二「デリカシー……」

 拓也「いい大人が」

 寛二「すいません」

 純「他に誰かいる? 
  おじさん達、泊まる手続きをしたいんだ」

 拓也「今日は部屋ないよ」

 純「えっ、ないの?」

 拓也「うん」

 純「でも、さっき電話で予約したんだけど」

   寛二と純、小声で相談を始める。

 寛二「純」

 純「ん?」

 寛二「他の宿を探すか?」

 純「なんで?」

 寛二「俺は気が進まないなあ」

 純「でも、予約したんだから」

 寛二「大丈夫だよ」

   寛二、拓也に話しかける。

 寛二「ボク」

 拓也「ぼくじゃないって言ってんだろう」

 寛二「デリカシーのないおじさん達は、
   ボクが言うように泊まるのやめるから、
   誰か帰ってきたら――」

  千代、出てくる。

 千代「あら、お客様」

 純「あっ、こちらの方ですか?」

 千代「ええ、ようこそいらっしゃいました」

 純「案内所から予約したものですが」

 千代「矢島さまと北川さま、承っております。
   私、女将の千代と申します」

 寛二「あれ? あなたが千代さん?」

 千代「はい、左様でございます」

 純「そうでしたか」

 寛二「寛二です、矢島寛二です」

  寛二、千代の美しさに見とれる。

 純「私は北川純です」

 千代「お迎えが遅れました。申し訳ございません」

 寛二「いいえいいえいいえ」

 千代「灰の片付けで裏にいたもので」

 寛二「ハイ?」

 千代「噴火口から降ってくる灰です」

 寛二「ハイハイハイ」

 千代「ふふふ、面白い方ですね」

 寛二「ハイハイハイ」

 千代「息子の拓也が、なにか失礼をしませんでしたか?」

 寛二「ないです、全くないです!」

 拓也「お母さん、このおじさん達、
   今日泊まるのやっぱりやめ――」

  寛二、拓也の言葉を遮る。

 寛二「いやいやいや拓也君は、なかなか利口なご子息で」

 千代「口ばっかり達者で、困っています。
   暑い中お疲れでしょう。お部屋へご案内しますね。
   お風呂の準備も出来ていますので、
   汗を流されては、いかがでしょう。
   うちは天然の温泉をひいております」

 寛二「温泉ですか、いいですね」

 純「それはありがたい」

 千代「さあ、どうぞ」

 拓也「なんだよ、泊まるのか」(小声)

 千代「拓也!」

 〇 浴室

  寛二と純、湯船に浸かっている。

 純「あー、気持ちいい」

 寛二「いいお湯だ。うん、ここはいい宿だ」

 純「少し古いが、温泉があるなんて、得した気分だ」

 寛二「うん、女将さん良い人だし」

  寛二、鼻歌を歌う。

 純「寛二」

 寛二「ん?」

 純「お前、分かりやすいな」

 寛二「何が?」

 純「ふふ、別に」

  拓也、入ってくる。

 拓也「お湯加減、どうですか」

 寛二「おぉ、拓也くん、いい湯だよ」

 純「うん、ちょうど良いよ」

 拓也「おじさん」

 寛二「なんだ」

 拓也「さっきは、ごめんなさい。
   変なことばっかり言っちゃって」

 寛二「そんなの、気にするなよ、
   拓也くんも一緒にお風呂入ろう」

 拓也「うん。そうだ、おじさん露天風呂に入ろうよ」

 寛二「露天風呂あるのか?」

 拓也「うん、まだ工事中なんだけど大丈夫だよ、こっち」

  拓也、ドアを開ける。

 拓也「ここの裏庭を抜けるとあるんだ、
   海が目の前にあって気持ちいいよ」

 純「海を眺める露天風呂か、いいなあ」

 拓也「おじさん達、先に行ってて、
   僕、タオルを取ってくるから」

 寛二「ああ」

  寛二と純、裏庭をタオル一枚で歩いていく。

 拓也「くくくく」

  寛二、裏庭の扉を開けると、目の前に海が広がっている。

 寛二「おー、海だ」

 純「いい眺めだ」

 寛二・純「あ~~~!」

 ナレーター
「なんと寛二と純の目の前にあったのは、海だけであった」

寛二「おい、ないぞ、露天風呂」

純「あっ、人がこっちを見て笑ってるよ」

 寛二「戻るぞ」

  寛二と純、裏庭に戻ってドアを開けようとするが、
  鍵がかかっている。

 寛二「ダメだ、鍵がかかってる」

  純、ドアを叩く。

 純「拓也くん、開けてくれないか。拓也くん!」

 寛二「誰か、開けてくれ」

 純「誰か、いませんか」

 寛二「クソっ」

 純「どうする?」

 寛二「千代さんは男湯に入って来ないだろうし、
   他の泊まり客も見なかったから、どうしようも」

 純「海岸に戻るわけにはいかないし」

 寛二「あのガキ!」

 純「おい、こっちにもドアがある」

 寛二「よし、そっちだ」

  ドアを少し開けると、
 道路に面していて車が走っている。

 純「民宿の前の道だ」

 ナレーター「ドアの向こうは道路だった」

 寛二「玄関まで走るか」

 純「おい本気か? 
  公然わいせつもしくは迷惑防止条例違反でその場合」

 寛二「今は、法律のうんちくはいいから、行くぞ」

 純「本当にいくのか?」

 寛二「海岸からぐるっと回るよりいいだろう?」

 純「確かに」

 寛二「誰もいなくなったら、ダッシュだ」

 純「わかった」

  車の音がなくなる。

 寛二「よし、行くぞ」

 純「ああ」

  BGM『雨にぬれても』 B.J.トーマス

ナレーター
「寛二と純は、映画『明日に向かって撃て』のラストシーン
 のポール・ニューマンとロバート・レッドフォード
 のように飛び出した……が、
 そんなカッコいいものではない。タオル一枚なのだから」

  寛二と純、ドアを開けて走り出す。

 寛二・純「はっ、はっ、はっ」

 純「おい、走ると、タオルが上がってくるぞ。
  あっ、股間が」

 寛二「競歩だ、競歩、急いで歩け」

 純「玄関が遠く感じる」

 寛二「ヤバイ、後ろから車が」

  車が急ブレーキをかけて止まる。
 瀬戸が、ドアウインドを下げて、声をかける。

 瀬戸「あれ、矢島さんと北川さん?」

 寛二「おお!」

 純「案内所の瀬戸さん!」

 瀬戸「なんで、そんな恰好で?」

 寛二「車に乗せてくれ、玄関まで」

 瀬戸「え?」

 〇 宿泊部屋

  寛二と純、疲れてぐったりしている。 

瀬戸「矢島さん、北川さん? 瀬戸です」

 純「あぁ、どうぞ」

  瀬戸、入ってくる。

 瀬戸「失礼します。お二人とも、ありがとうございました」

 純「千代さんの方は、うまく誤魔化せましたか?」

 瀬戸「ええ」

 寛二「は~、疲れた。温泉に入って疲れた」

 瀬戸「もう一回、入りますか?」

 寛二「今はいいや。懲りた」

 純「しかし、瀬戸さんで良かった。他の車だったら」

 瀬戸「丁度、千代さんに用があって」

 純「助かりました、ありがとうございます」

 瀬戸「こちらこそ、ありがとうございます。
   千代さんに拓也くんのイタズラを黙って頂いて」

 寛二
「助かったと思ったら、今度は、こっそり風呂場に戻るとは
 思いもしなかったよ」

 瀬戸「申し訳ございません」

 純「しかし、なんで拓也くんを庇うんですか?」

 瀬戸「私も責任を感じているので」

 寛二「責任?」

 瀬戸
「観光協会の職員として、ここを紹介した手前
 なにかあったら、私の責任です。
 拓也くん、他にもイタズラしませんでしたか?」

 寛二「ん~、特には」

 瀬戸「それは、良かった」

 寛二「瀬戸さん」

 瀬戸「はい」

 寛二
「ちょっと、聞きたいんだけど、
 拓也くんがイタズラするのは、
 なにか訳があるんじゃないの? 千代さんって――」

 

〇 台所

  千代が食事の準備をしていて、拓也はゲームをしている。

 千代「拓也、ご飯を仏壇に供えて」

 拓也「うーん」

  拓也、ゲームを続けている。

 千代「拓也、ゲームはそれぐらいにしておきなさい」

 拓也「うーん」

 千代「拓也!」

 拓也「はーい」

  拓也、ゲームを止めて、ご飯を仏壇に供え、鐘を鳴らす。

 千代「さっき学校の先生から電話あったわよ」

 拓也「あっ、そう」

 千代「ねえ、拓也」

 拓也「ん」

 千代「学校嫌い?」

 拓也「別に」

 千代「桜島は?」

 拓也「別に」

 千代「東京帰りたい?」

 拓也「別に」

 千代「桜島はいいところよ。そうだ、今度釣りに行こう、
   これからの季節だと――」

 拓也「興味ない」

 千代「拓也……でも、拓也はお魚は好きでしょう? 
   自分で釣った魚は美味しいよ。
   瀬戸さんが、今度の休みの日に行こうって」

 拓也「行かない」

  拓也、再びゲームを始める。

 拓也「瀬戸のおじさんと二人で行けばいいじゃん」

 千代「拓也……」

 

〇 宿泊部屋

 寛二「そうか、シングルマザーか」

 瀬戸「ええ。東京にいる頃から、
   仕事と育児で大変だったみたいです」

 純「千代さん親子がこっちに来たのは、いつですか?」

 瀬戸「去年の話です。
   千代さんのお母さんが急に亡くなって、
   直ぐにここを継いだんです」

 寛二「千代さん、苦労してるんだ」

 瀬戸
「実家の仕事とはいえ、
 実際に女将になってやると大変だと思います。
 特にこのご時世、民宿に泊まるお客さんが減ってますし、
 桜島は日帰りのお客様が多いので、苦戦しています」

 寛二「それは大変だ」

 純「それに加えて、拓也くんの不登校だ」

 瀬戸「ええ」

 純「イジメにあってるとか?」

 瀬戸「いえ、それはないと思います。
   担任の先生は僕の友人で聞いてみたんですけど、
   どうも拓也くんが誰にも心を開かないみたいで」

 純「いつかは東京へ帰ると思ってるんだ」

 瀬戸
「ええ、それで東京へ早く帰るには、
 イタズラしてお客さんが減って、
 ここがなくなればいいと考えたんでしょう。
 今までも度々宿泊客にイタズラをして。
 まぁ、子供のイタズラですから、
 殆どのお客さんが許してくれて
 大きな問題になっていないですが」

 寛二「今日は、ちょっとヤバかったけどな」

 瀬戸「すいません、千代さんに心配かけたくなくて……
   千代さんには、幸せになって欲しいんです」

 純「瀬戸さんは、千代さんとは長いんですか?」

 瀬戸
「えっ、私達付き合っていません。
 北川さん、何を言い出すんですか、突然」(動揺して)

純「そうじゃなくて、友人として」

瀬戸
「あぁ、なんだ。そういう意味ですね。
 私は一つ下で、千代さんは高校の先輩です。
 千代さんは学校のマドンナ的存在で人気あったんです」

 寛二「だろうな、あれだけ綺麗な人だから」

 瀬戸「私なんて、とても相手にしてもらえるような」

 寛二「だろうな、あれだけ綺麗な人だから」

 瀬戸「ンっ(咳払い)……誰でも無理なんです。
   あれだけ綺麗な人だから」

 純「そうですね、あれだけ綺麗な人だから、
  二人とも無理じゃないかな?」

 寛二・瀬戸「え?」

 純「あははは」

 ナレーター
「純が笑う中、寛二と瀬戸は顔を見合わせるのであった。
 そして、その夜」

 〇 台所

 千代
「拓也、ねえ、冷蔵庫にあった牛乳飲んだの? 
 ないんだけど。賞味期限切れだから、
 飲まないでって言ったでしょう……あれ? 拓也?」

〇 お手洗い

  拓也、個室の中でゲームをしている。
 寛二と純はお腹を壊し、
 その前で苦しそうにして荒々しくドアを叩く。

 寛二「拓也くん! まだ。つ、ううう」

 拓也「うん、まだ」

 純「早くしてくれないかな? おおお」

 拓也「うん」

  寛二と純、言葉にならないような唸り声をもらし続ける。

 純「拓也くん、なんかゲームの音が聞こえるんだけど」

 拓也「うん、僕ゲームしながらじゃないと出ないんだ」

 寛二「一回……出て、くれないか、おじさん、出そうで」

 拓也「あっ、僕も出そう…」

 純「拓也くん、お願っ……い、早く」

 拓也「うん、ちょっと待ってね」

 寛二「キターーーー、うううう」

 純「大きな声を出すな、あああ、おれも」

  寛二と純、限界の波が来て激しくドアを叩く。

 純「拓也くん、お願いだ! 早く…」

 寛二「頼む、開けて、開けてください」

 拓也「うん、僕も頑張ってるんだけど」

 寛二「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ」

 純「ううううう、限界が、あっ」

 拓也「ねぇ、僕が出たら、どっちが先に入るの?」

 寛二「俺だ」(二人同時に)

純「私だ」(二人同時に)

寛二「俺だ」

 純「私が先だ」

 寛二「俺の方……がヤバ……イんだから」

 純「私も、もう、もう、もう」

 拓也「決めといた方が良いんじゃない」

 純「よし、じゃんけんで決めよう」

 寛二「ああ」

 寛二・純「じゃんけん、ほい、あいこでしょっ、
     あいこでしょっ、あいこで」

  拓也、突然ドアを開く。

 拓也「お待たせ」

  寛二と純、それに驚いて便をもらす。

 寛二・純「ああああ」

 ナレーター
「哀れな寛二と純。二人は学生時代から友人だが、
 まさかこの年になって、揃って汚れたパンツを洗うこと
 になるなんて、思いもしなかったのであった」

 

〇 宿泊部屋

 千代「申し訳ございません。拓也、謝りなさい」

 拓也「だって、おじさんたちに美味しい牛乳を
   飲んでもらいたくて」

 千代「賞味期限切れって、言っておいたでしょう」

 拓也「知らなかったんだもん」

 千代「謝りなさい」

 拓也「やだ」

 千代「拓也!」

 寛二「小さい男だな」

 拓也「えっ」

 寛二「イタズラしてお母さんの気を引こうなんて」

 拓也「そうじゃないもん」

 寛二「口は達者だけど、まだまだ子供だ」

 拓也「うんち漏らす大人よりマシだよ」

  寛二と純、言葉につまる。

 寛二・純「う」

 拓也「わーい、わーい、うんち漏らし、
   何も言い返せないでやんの」

 千代「拓也! いいかげんにしなさい」

  千代、拓也に平手打ちする。

 純「千代さん」

  拓也、泣き出す。

 拓也「うわわわわわ」

 千代「謝りなさい」

 拓也「うわああああああ」

 千代「泣いても、許しません」

  拓也、泣いているうちに呼吸がおかしくなり、
 過呼吸になる。

 拓也「ひ、ひ、ひ、ひ、お母さん、息が出来ない」

 千代「そんなウソ、信じないから」

  拓也、畳に倒れる。

 純「拓也くん?」

 千代「えっ」

 拓也「手と足が、痺れる」

 千代「拓也、拓也!」

 拓也「お母さん、助けて」

 寛二「千代さん、拓也くんの持病やアレルギーは?」

 千代「えっ、ないです。拓也、拓也」

 拓也「ひ、ひ、ひ、」

 千代「しっかり、今、救急車呼ぶから」

 寛二「千代さん、落ち着いて」

 純「寛二、救急車呼ぶか」

 寛二「いや、待って」

 千代「えっ、早く呼ばないと、拓也が」

 寛二「千代さん、大丈夫だから、俺に任せて」

 千代「矢島さん?」

 寛二「純、鞄にコンビニの袋あっただろう」

 純「ああ」

 寛二「出して」

 純「わかった。ちょっとまって」

 千代「矢島さん…何を」

 純「寛二、はい」

   純、寛二にコンビニの袋を渡す。

 寛二「おお、はい、拓也くん、もう大丈夫だよ。
   袋の中の空気を吸って、ハイ吐いて、
   ゆっくり大きくね、ハイ吸って、ハイ吐いて、
   うんその調子」

 千代「コンビニの袋で、何を」

 純「千代さん、安心して下さい。
  寛二は、こう見えても医療については明るいんです」

 寛二「ハイ吸って、ハイ吐いて。よし、拓也くん、
   よく頑張った。だいぶ、楽になっただろう」

 拓也「う、うん」

 寛二「まだ手と足は痺れる?」

 拓也「段々となくなってきた」

 寛二「千代さん、もう大丈夫ですよ」

 千代「拓也に何が?」

 寛二「過呼吸です。聞いたことないですか?」

 千代「ええ」

 寛二
「興奮して息を吸い過ぎて、二酸化炭素が不足したんです。
 手と足の痺れはその症状ですね。
 コンビニの袋で息を吸ったのは、それを補うためで、
 自分で吐いた二酸化炭素を吸って、元に戻ったんです。」

 千代「そうだったんですか」

 寛二
「あとは、拓也くんをぎゅっと抱きしめてあげて下さい、
 ぎゅっと強く。それがなによりの治療です」

 千代
「はい、ありがとうございます、拓也、拓也」(涙ぐむ)

 拓也「お母さん、お母さん」

 ナレーター
「人を抱きしめたり、抱きしめられたりすることは、
 様々な効果があると言われているが、
 寛二と純はこの夜目の当たりにした。
 千代と拓也に目に溢れるキラキラとしたものに、
 寛二と純も思わず、同じようにキラキラしたものを
 目に溜めているのであった。そして二日後」

 〇 玄関前 二日後の朝

 寛二「よう、拓也」

 拓也「なんだよ」

 寛二「また来るから、遊ぼうな」

 拓也「暇だったら、遊んでやるよ」

 寛二「なんだとーコイツ」

  寛二、拓也をくすぐる。

 拓也「ははは、やめろよ」

 千代「拓也、もう暴れないの」

 純「千代さん、お世話になりました」

 千代「こちらこそ、なにもお構い出来なくて」

 純「いえいえ」

 千代「寛二さん、本当にありがとうございました」

 寛二「別に俺は何も、拓也くんと遊んでいただけで、なあ」

 拓也「俺が遊んでやったんだよ。ねぇ、純おじさん」

 純「なんだい」

 拓也「寛二おじさんといると疲れるでしょう?」

 純「ああ、疲れる」

 拓也「疲れが溜ったら、また来てよ」

 純「そうだな」

 拓也「露天風呂用意しとくよ、あはははは」

 千代「露天風呂?」

 純「この野郎」

  純、拓也をくすぐり、追い掛け回す。

 拓也「あはは、やめろよ」

 寛二「あはは、純にもやられてる」

 千代
「あー、寛二さん居なくなると、なんだか寂しくなります」

 寛二「えっ」

 千代
「私、シングルマザーで拓也を育てきて、
 今まで何度も一人で泣いたんです。
 不安になったり、悔しい思いしたりして。
 でもあの時、拓也の前で初めて泣いたんです。
 そしたら、なんか力が抜けて、楽になりました。
 寛二さんのおかげです」

 寛二「いや、俺なんて、なにも」

 千代「寛二さん、私、寛二さんのことを、
   親戚の叔父さんのように思えてきて」

 寛二「ああ、叔父さん」

 千代「ええ、私、叔父や叔母が居なくて、
   いたらこんな感じかなって思ったんです。
   すいません、勝手に親戚の叔父さんだなんて、
   図々しいですよね」

 寛二「いえいえ」

 千代「でもそれだけ親しみがあるんです、寛二さんに」

 寛二「ありがとうございます……、
   じゃあ、そろそろ行きます。おい、純、行こうか」

  拓也と遊んでいた純が、離れた場所から応える。

 純「おお」

 

〇 桜島フェリー デッキ

 純「おお、拓也くんと千代さん、まだ手を振ってる」

 寛二「ああ」

 純「瀬戸さんもいる」

 寛二「ああ」

 純「瀬戸さん、千代さんとどうなるのかな? 
  瀬戸さん分かりやすい性格だから、
  千代さんも気付いていると思うんだよな」

 寛二「ああ」

 純「どうした、元気ないぞ」

 寛二「なあ、純、じっと耐えて、一言も口を利かず、
   黙って背中を見せて去るのが、
   男というものじゃないか。
   ほら、見な、あんな雲になりてえんだよ」

 純「どこかで聞いた言葉だ」

 寛二「熊さんと酒飲みてーーーー」

   BGM『ハイウェイ』くるり

 ナレーター
「寛二と純の旅はまだまだ続きそうである。
 うむ、しかしながらこの二人は
 なぜ旅をしているのか気になるところ。
 まぁ、長い旅になりそうなので、その話は追々。
 さてこれから先はどんなドラマが
 二人を待ち受けているやら。
 もしかしたら、次はあなたの町に。
 もし二人を見かけたら、どうぞお付き合いを。
 なにか楽しい事があるかもしれませんよ」

 寛二「わが旅は」

純「ひとつの空の下」

寛二「今日は東から西へ」

純「明日は北から南へ」

寛二「行き行きて、道がある限り」

純「行き行きて、人がいる限り」

寛二・純「空に記す、わが息吹」

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