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ほぼ宅飲みだけで日本酒通になる方法 ~その⑤~ 専門用語がわからんのじゃあ~


ラベルに書かれた用語の意味が分らない

 宅飲みを通じて日本酒に魅せられていくわたし。しかし、ここで初心者ならではの壁にぶち当たることになる。
 
 ラベルに書かれてある表示の意味を理解できず、日本酒選びに迷うようになったのだ。それまではXの店長に勧められたり、なんとなくのフィーリングで日本酒を選んでいた。ときに「この日本酒は美味しくないなぁ」と感じることもあったけど、単に好みの問題だと思って過ごしてきた。ところが経験を重ねるにつれて、出来れば外したくないという欲が出てきた。せっかく飲むんだから、美味しい日本酒を飲んでみたい。
 
 Xの店長にそのときの気分を伝えてお勧めを教えてもらうのもありだが、漠然と「スッキリしたやつ」と伝えたところで「スッキリって具体的にどんな感じですか?」とか突っ込まれかねない。知らんっちゅーねん。それなら一人でラベルを見ながら選んだ方が気軽だけど、そのラベルに書かれた情報がそもそもわからないのだからどうしようもない。

「原酒」=「美味しい」ではない

 一度こんなことがあった。友人の家に招かれて食事をしたときのことだ。その友人は韓国語の通訳をしていて、先日仕事で韓国人のマスコミ関係者数人と灘の酒蔵を訪れたとのこと。そのときお土産として購入した日本酒を振る舞われたのだが、これがなんともフルーティーで飲みやすい。「美味しいですねえ、これ!」とみんなで盛り上がった。
 それから数ヶ月後。わたしが韓国の親族を訪問する際に、お土産として日本酒を持参することにした。親族の中には確かフルーティーな日本酒を好む人がいたから、以前飲んだ灘の酒にしよう。ちょうど近所のスーパーにもあの銘柄がある。しかもこれは「原酒」と書かれてある。原酒ってどんな意味かよくわからないけど、なにか混ぜたり、水で薄めたりしていませんよ、って意味だろうか。それなら以前友人宅で飲んだ酒よりきっと美味しいはずだ。そう考えて韓国まで持って行った。
 そして親族一同が集まる場でその日本酒を飲むことになったのだが、どうも反応がイマイチ。特に以前日本に来た時に獺祭を浴びるように飲んでいたある女性は、期待していたのとは違うという不満そうな表情を露わにしていた。実際にわたしも飲んでみたところ、確かにアルコールの風味が多少きつく感じられる。それまでは「原酒=手を加えていない=美味い」なんて単純な図式を思い描いていたけど、それがとんだ勘違いだということがわかった。

 原酒とはつまり絞った後に水を加えないに日本酒のことだ。加水しない酒本来の味は活かせるが、その分刺激が強いものもある。ようは単純に「原酒=美味い」とは言えないということだ。
 

誰もが通る道? 「サンパイ」

 他にこんなこともあった。

 わたしの身内に板前がいる。彼があるとき、「この前『サンパイ』を仕入れたよ!」といった。日本酒好きならわかるだろう、彼がとんでもない勘違いをしていることを…。

 彼が仕入れたのは「山廃」であり、読み方は「サンパイ」ではなく「ヤマハイ」が正しい。まあ「サンパイ」と読む方が自然な気もするけど、それなら「産業廃棄物」になってしまうからな。

 「山廃(やまはい)」とは、酵母の育成方法のひとつだ。日本酒は米に含まれたデンプンを糖分に変え、さらにその糖分をアルコールに変えることで作られる。糖分をアルコールに変えるのが酵母と呼ばれる微生物だ。酵母は雑菌には弱いが酸には強いという特性があるので、まず乳酸菌の多い環境を整えてその中で酵母を培養させていく。これが酛(もと)、もしくは酒母と呼ばれるものだ。

 酛(酒母)も、乳酸菌をどうやって増やすかによって何種類かに分けられる。現代においてダントツ(約90%)に多いのが、人為的に乳酸菌を添加する「速醸酛(そくじょうもと)」だ。確実かつスピーディに乳酸菌を培養することができる。一方で、空気中に漂う天然の乳酸菌を使うのが伝統的な生酛(きもと)づくりだ。ただ、生酛作りには雑菌の繁殖を防ぎ早く乳酸菌が増えるように米をすり潰す「山卸し(やまおろし)」という作業がつきものだ。この山卸しが大変な重労働であることから、なんとか省力化できないかと明治時代に入り試行錯誤がくれ返された。その結果生まれたのが先述の速醸酛と、麹や酒米に工夫をして山卸しをしなくても乳酸菌が繁殖するようにする方法だ。この「山」卸しを「廃」止した方法が、「山廃」なのだ。
 
 生酛や山廃は速醸酛で醸した日本酒に比べて濃醇な味がすると言われる。しかし日本酒初心者であるわたしにはそんなことわからない。ラベルにわざわざ「山廃」なんて書いてあるから、きっとたいそういい酒なのだろう。でも、「廃」の文字がなんか縁起悪いような気がするなあ。

 そんな気持ちが交差する中、初めて飲んだ山廃は「秋鹿」だったと思う。当時「フルーティーかつスッキリした後味」こそ最高の日本酒だと思い込んでいたわたしは、首を傾げながら秋鹿の山廃を飲んだ。キンキンに冷やしても美味しくない…。特に吟醸香を売りにせず、濃醇な味わいを楽しむべき山廃なのだから、冷酒で飲んで真価がわかるわけがない。

 京都は木下酒造の「玉川」を飲んだ時にも同じような失敗をしている。「玉川」はパートナーに選んでもらったのだが、そのパワフルなアタックに面食らってしまった記憶がある。最初から山廃とは何たるかを知っていれば、味わい方も変えられたのだが。

 ようやく山廃の味わい方がわかってきたのは、それから数年経って、生酛造とはなんぞやを勉強してからだった。飲んだのは「雪の茅舎」の山廃。ひんやりと涼しくなってきた11月ごろに御燗にして飲むと、複雑な味わいが口の中いっぱいに広がり、心がほっと落ち着いた。あぁ、これこそ山廃の真価なのか。
 

「雪の茅舎」山廃純米


 日本酒というのは本当に奥が深い。一口に日本酒と言っても、上品な白ワインのようなものから、熟成を重ねたウィスキーのようなものまで、実にバラエティに富んでいる。だからラベルに書かれた言葉の意味がわからないと、「期待してた味と違う…」なんでがっかりしてしまうこともある。なんたって板前ですらちゃんと理解していないこともあるのだから。こうやって失敗を繰り返しながらも、日本酒の魅力にますますハマっていくわたしなのであった。

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