見出し画像

本当に20代男性はフェミニズムが嫌いなのか? 韓国大統領選挙に利用されるバックラッシュと、声をあげた「普通の男」たち

※イメージは、フェミニズム擁護を掲げる「行動する普通の男たち」の記者会見の様子。YTNニュースからスクリーンショット。

 韓国大統領選挙の投票日である3月9日まで残りあとわずか。2週間を切った現時点においても、与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)候補と野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソギョル)候補の支持率は多くの世論調査で拮抗しており、結果を予想するのが極めて難しい状況だ。

○「イデナム」攻略のための「反フェミニズム」
 これまでも書いてきた通り、今回の大統領選挙は好感度の極めて低い二人の候補による事実上の一騎打ちとなった。そのため両陣営は既存の支持層を固めるだけでなく、無党派層を取り込むことにも力を入れてきた。特に「イデナム(20代男性のこと)」は無党派層が多く、大統領選の行方を左右する存在として注目されている。このイデナム攻略に特に力を入れてきたのが尹錫悦陣営、中でも「国民の力」の代表である李俊錫(イ・ジュンソク)だ。
イデナムの心を掴むために尹錫悦と李俊錫が掲げたこと、それが「反フェミニズム」だ。李俊錫が「行き過ぎたフェミニズム」を批判することで若い男性層の支持を得て「国民の力」の代表に選出されたことについては、「文在寅政権の5年間 ③フェミニズムと八クラッシュ~「逆差別」は本当か?」(https://note.com/k_border_j/n/nb199c5010202)でも触れた。彼は「反フェミニズム」的な傾向の強いイデナムの支持を得ることができたから、「国民の力」の候補がソウル市長選・釜山市長選で勝利できたと考えており、大統領選挙でも同様の戦術をとってきた。例えば、尹錫悦が自身のフェイスブックに「女性家族部廃止」の7文字だけを書き込んだのも、「イデナム」を取り込むためである。

 しかしここで一度立ち止まって見よう。本当に「イデナム」こと20代男性は「反フェミニズム」なのだろうか。

○男性中心コミュニティから始まる「バックラッシュ」
 たしかにこの数年間、韓国社会でフェミニズムに対する攻撃=バックラッシュが顕在化しているのは確かだ。ハンギョレの昨年の記事「ナムチョ・コミュニティ(男超コミュニティ=男性が多いインターネットコミュニティのこと)が放った‘矢’、どのようにしてバックラッシュ‘勝利の方程式’をつくったのか」を参考に、バックラッシュの例について見てみよう。
https://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/1022240.html

 あるコンビニチェーンが「キャンプに行こう」というキャンペーンポスターを拡散すると、この絵が「男性嫌悪」にあたるという指摘がコミュニティの掲示板に書き込まれた(ソーセージをつまもうとする指が、男性器の大きさを図ろうとしている、ということらしい)。この書き込みに対して「行き過ぎた解釈だ」という反応ももちろんあったが、結局は「男性を卑下するものだ」という決めつけが支配的になり、企業に抗議が殺到することになる。結局このコンビニチェーはわずか5時間後にポスターを削除することになった。他にも、ソウル市の自殺予防センターが20代女性の自殺防止のために女性職員を募集したところ「なぜ女性の相談員だけを募集するのか」「男の自殺はどうでもいいのか」などの書き込みが拡散し抗議が相次ぐことになった。
 特徴的なのは、これらのバックラッシュが、かつて日本の「2ちゃんねる」のように差別やヘイトスピーチの温床として批判されてきた「日刊ベスト貯蔵所」だけではなく、元々はスポーツやゲーム、コンピューターなどに関するコミュニティでも多く見られたという点だ。ナムチョ・コミュティ発のバックラッシュは社会に大きな影響を及ぼしているのである。
しかし、だからといって全ての20代男性がフェミニズムを嫌悪し極端な主張を押し通そうとしているわけではないということは、常識的に考えれば誰でもわかることだろう。問題は、反フェミニズムを主張する声が大きくて目に付きやすいということであり、さらに多くのマスメディアも「イデナム=反フェミニズム・バックラッシュ」と短絡的な報道を続けてきたことだ。李俊錫の言動もこうした風潮を煽るのに一役買ったと言える。

○バックラッシュへの反撃、 フェミニズム擁護を掲げる「イデナム」たち

 大統領選挙まで残すところあと1ヶ月となった2月9日、「イデナム=反フェミニズム」というイメージを覆そうとある若者たちが声をあげた。「行動する普通の男たち」という20代男性による団体である。彼らの目標は「性差別に反対し性平等社会を望む」というものであり、この日の記者会見を皮切りにフェミニズムを支持する声を広げていく計画だ。
https://h21.hani.co.kr/arti/politics/politics_general/51580.html

 彼らは「イデナム=反フェミニズム」というイメージが独り歩きし差別を助長するような現状を変えようと立ち上がった。実際に彼らの周辺にはフェミニズムを嫌悪する男性しか存在しなかったわけではない。例えそのような言動をする友人がいたとしても、実際に話し合ってみるとあまりに無知であることがわかったという。しかしこれまでは積極的にフェミニズム擁護・反差別を掲げて動くことはなかった。それは女性が自ら行うべきだと考えていたからだ。

 しかし、今回の大統領選挙で「イデナム」が政治利用されるのをみて、彼らはもうこれ以上黙っていてはいけないと感じたという。あるものは「この間20代男性が声をあげてこなかったから、誰かの利害関係のために利用されているのではないか。わたしたちがこの社会についてあまりにも問題提起をしてこなかったんだな、という虚脱感が生じた」と語る。あるものは「政策と言えないような差別と暴力を選挙の議題に引きずり出している状況じゃないですか。政治家が禁断の果実を摘んでいるのを見ながら、政治ってこんなものかと思いました」という。こうした思いが、ナムチョ・コミュニティの中の「イデナム」だけが20代男性ではない、ということを主張しようとする動きにつながったのだった。フェミニズムに対するバックラッシュが、さらに反撃を呼び起こしたことになる。「行動する普通の男たち」は、女性に対する暴力や差別が全ての世代に広がるのを防ぐためにも、いまが行動すべきだととらえている。

 これまでも繰り返し書いてきた通り、ここ数年の韓国ではフェミニズムの盛り上がりとそれに対するバックラッシュが社会現象として表れている。大統領選挙でバックラッシュを利用とした保守の思惑は、むしろ逆の流れを強くする可能性もある。どの候補が当選するにせよ、今後韓国のフェミニズムがどのような動きを見せるのか、注目する必要がある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?