今すぐその辞書を捨てて

綺麗で正しくて「、と。」がキチンと使われている文章なんてひとつも信用できない。小難しい漢字と長ったらしい比喩に隠してる(つもりの)あなたのその浅はかさは、頭隠して尻隠さずどころか全裸でコサックダンスを踊ってますよ本当。

あなたがその文をしたためる時、まず部屋の電気は薄暗いはず。季節は冬。廊下はひんやりと冷たければ冷たいほど良い。あなたが書斎と呼んでいる4畳の小部屋は部屋探しの絶対条件だったと聞いています。白い机には少しの汚れだって無いし、雑多に置かれたスペアの眼鏡と積み上げられた文庫本は、敢えて綺麗に並べられないことを内心誇ってる。去年海の見える町まで旅した時(電車を乗り継いでね)、60代のおじ様がひっそり経営するアンティークショップ(あなたは骨董屋と呼んでいたけれど)で購入した橙色に柔らかく灯る間接照明で、あなたの持つ万年筆はぼんやりと照らされる。その小部屋に窓は無い。執筆中に外の世界なんて見えてしまったら、それこそ全てが台無しだもんね?「そりゃ多少面倒だけどさ、わざわざ紙に書くのが良いんだよ」ストーブと秒針の音をBGMに筆は進む。私はあなたが淹れたココアを飲んで体育座りで待つ。甘いのは好きじゃないと何度言っても、あなたはそれを分からない。

さて、何ヶ月もかけてようやく出来あがった物語は、それはそれはつまらない。あなたの書く物語で、若い男女は幾度となくすれ違う。ある時は昔の恋人のことで、ある時は好みの音楽のことで、またある時は朝食のパンのことで、飽きずに喧嘩を繰り返す。あなたに促されて原稿をめくる途中、私は何度も手に持つそれをビリビリに破いてしまいたい衝動に駆られる。あるいは小さく丸めて冷めたココアと一緒に流し込んでしまっても良い。あなたの綴った文章は私の食道を通って胃で消化され(されないか)、身体の外に出たあと、私に何の影響も及ぼさない。あなたは私に何の影響も及ぼさないんですよ。あなたの物語の中で、謝るのは決まって女から。「謝らなくていいよ、君に期待した僕が馬鹿だったんだよ」付き合いたての頃、あなたの文章に上手く感想を伝えられなかった私にあなたが言った言葉、あれは一体何だったんですか。

私はとっくに気づいてる。あなたはプライドが高いだけの弱くてつまらない人間だってこと。料理上手の母親と大企業勤めの父親に大切に育てられた一人息子の癖に実家には確執があるだなんて嘯いていること、根っからの怠惰と浅慮を世間の型にはまらない自由人な僕として逃げ回り誤魔化していること、口答えしない私を傍に置いて自分の正義を盲信しようとしていること、そしてあなたのユートピアであるその物語ですら、都度辞書で引かれただけの空っぽで陳腐な言葉で埋め尽くされていること。あなたに並べられた所在無さげな言葉たち。可哀想に。あなたが自分の言葉で話したことなどたったの一度だって無いんですよ。いくら俗な人達を馬鹿にして若者言葉(笑)を嫌ったって、ただの記号としての役割ならばそれらと何ら変わりは無い訳で。

そうやって、そうやってあなたはいつまでも私と喧嘩することができない。私の為だけの言葉を喋ることが、どうしてもできないね。その言い回し、そのエピソード、その間も、使い古されたそれら全部全部全部全部全部!もう聞き飽きておりますこちら。少しで良いから自分で喋ってご覧よ。「えーと、」「......あのー」「......」大丈夫、それで良いから喋ってご覧よ。お願い、1度で良いから私の所為でどうしようもなく疲れてみてよ。綺麗で正しい文法で表現された雛形みたいな文章なんてひとつだって信用できない。私はあなたを信用できない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?