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言葉は贈り物 

わたしは、言葉は贈り物だと感じています。

その人にふともたらされる、天からのインスピレーションであったり。

懸命に内側を感じて、紡ぎ出された文字であったり…

誰かから誰かに、もたらされる言葉はどれも贈り物。


でも、正直わたしたちはそれをつい邪険に、雑に扱ってしまいます。

「そんなふうにして、放たれた言葉なんだ」という馳せがないと、適当に流してしまうし

そうして自分も流してしまうと、誰かにも流されてしまう。


だから、もっとあなたの言葉を大切にしよう。

それは、あなたが考えたようでいて、あなた一人が感じていることのように思えても

他の誰かも、言語化はできないけれど思っていることかもしれないから。


そして、遠いご先祖さまが、今のあなたに伝えたい、いえ「発してほしい」と願うことばかもしれないから。


あなたの“ひと言”に、いのちは宿ります。

時を超え、時に未来とも手をつなぎ、今のあなただからこそ発せられること。

あなたにしか、発せないことは何でしょうか…?


言葉は、贈り物。

もっと、何気に放つことばさえ大切にしてほしいと言葉たちが願うとき、きっとあなたの打つ筆は自然と変わってくる。

あなたの、大切な大切な人生の相棒だもの

バディだもの。

どうして、そこに「わたしなんて」がつい人は加わるのでしょうか…


言葉は、あなたを愛したがっています。

そして、愛されたあなたで、もっとナチュラルにその愛を広げてほしいと

「あなたなら出来る」と願って、あなたのもとに産まれ、ことばとなる受精の瞬間を、心待ちにしているのです。

***


…とこんなお話、怪しいでしょうか……?

でも「ことば」にもいのちがあるのなら、ケンカや批判、自己ジャッジのために使うのではなく

あなたが、あなたらしく輝ける方向に使ってほしいと、きっと願うのではないでしょうか。


流香





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