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「あなたにあげる!」チョコの代わりに贈る曲

FM局 J-WAVEによる大学生・専門学生コミュニティ「WACODES」。

WACODESメンバーがシチュエーションに合わせて選曲し、プレイリストを作るこの企画。音楽やカルチャーが好きなWACODESの選んだ音楽が、日常の名もなき瞬間を彩ります。

今回のシチュエーションは「「あなたにあげる!」チョコの代わりに贈る曲」

シチュエーションに合わせたエッセイとWACODESによる選曲理由を合わせてご紹介します。

<プレイリスト>


<溶けて、ほどけて。>

 イヤホンのコードが、めちゃくちゃに絡まっていた。
 中途半端なところまで直して、面倒くさくなった。
 真ん中より下の方に、小さな塊を携えたイヤホンを耳に差し、音楽を流しながらいつものように散歩をする。バレンタインが近いせいか、ランダムに流すプレイリストからは似たようなラブソングがやたらと流れてくる。嫌いではないはずなのに、なんだかぞわぞわして、どんどん曲を飛ばしていく。

 ふと立ち止まると、そこにはチョコレートショップがあった。住宅街の中にとけ込むような、レンガ造りの静かな佇まい。今までこんな店は無かったはずだ。最近できたのだろうか。
 中に入ってみると、誰もいなかった。目の前には1つのショーケース。そこには、トリュフやガナッシュといった有名どころのチョコが、小さな宝石みたいに輝いている。
 そのショーケースのはしに、ぽっかりとあいた謎の空間があった。商品名のプレートには「フィーリングチョコレート」の文字。

「気になります?それ」

 声がするほうを向くと、男が1人立っていた。この店の主だろうか。男は驚く私をよそに、話を続ける。

「名前のままです。自分の気持ちを、チョコレートに込められるんですよ」
「気持ちを込める?」
「あ、今、それって重くない?とか思ったでしょう」
「思いました」

 ははは、と適当な笑い声を上げながら、男は店の奥に消え、何かを手に再び戻ってきた。レストランのメニューのような装丁の表紙には「お気持ちテイスト例」と書かれている。

「こういう気持ちはこういう味になりますよという、サンプルみたいなものです」

 そこには、「あなたに感謝を 甘さ中間」とか「失恋って辛い 苦さ強」などと書いてある。品書きを指さしながら、男は「明るい気持ちは甘さが強くでて、暗い気持ちは苦さが強くでます」なんて真面目な顔で説明している。

 理解が追いつかない私は、そもそもどうやってチョコレートに気持ちなんて込めるんだ、と男に聞いてみた。

「実は私、人の気持ちを味に置き換えることができるんですよ」
「はぁ」
「あ、今、絶対嘘だって思ったでしょう」
「思いました」
「じゃあ、試してみます?」

 いやいや、込める気持ちなんてないし。というかたまたま寄ってみただけだし。だめだ、こんな怪しいことに付き合っていられない。帰ろう。頭の半分ではそんなまともなことを考えていたのに、頭のもう半分では、ある人の顔が浮かんでは消えていた。それと同時に、私の好奇心も暴れていた。

-試してみたい。
-やめろ、時間のムダだ。
-でも興味あるよ、この気持ちがどんな味になるのか。
-そんなの、知らなくていい。

「その気持ちは、あるお相手に向けてのものですね?」

 頭の中で逡巡する私を見透かすように、男は柔らかな微笑みを向けながらそう問う。

「...そうです」
「サンプルだとどのあたりで?」
「「この気持ち届け 甘さ強め」、でしょうか。でも私のは、そんなはっきりした言葉に表せるものじゃありませんし、そんな甘くておいしい風味がでるとは思えません。もっと、ぐちゃぐちゃでドロドロで、でもガチガチなんです」
「ぐちゃぐちゃで、ドロドロで、ガチガチ」

 この気持ちは、墓場まで持っていくと決めていたはずなのに。誰にも言ったことはないし、これからも言うことはないはずだったのに。それでも、言葉は勝手に唇からこぼれていく。

「好きすぎて、身動きが取れないというか。体は動くし言葉もしゃべれるけど、心はショートして機能しなくなるんです。あと、好きだけど、それを伝えたら迷惑なんじゃないかとか、気持ち悪がられるんじゃないかとか、そういうことも考えてしまうんです。だから、ぐちゃぐちゃでドロドロでガチガチなんです。そんなのって、いい味しないですよきっと。まずいに決まってる」
「それは、食べてみなければ分からないと思いますけど」
「大体、チョコに気持ちを込めるってやっぱり重いですし」
「でも、バレンタインに本命チョコレートを贈るとき、自分の好きという感情もセットで渡しますよね。それと大して変わらないとは思いませんか」

 それはそうだ。ぐうの音も出ない。なにかいい反論は無いかと探しているうちに、男はいなくなっていた。

 どれくらい経っただろうか。私がすっかり冷静さを取り戻したころに、男は小さな箱を持って帰ってきた。

「できましたよ。ぐちゃぐちゃで、ドロドロで、ガチガチの気持ちを込めたチョコレートが」

 箱には小さな正方形のチョコレートが1粒、収められていた。まるで芸術品のようなそれを、恐る恐る手に取り、口の中に運ぶ。

 噛んだ途端、口のなかへ甘さと苦さが広がった。溶けていくほどに風味はない交ぜに、複雑になっていく。
 信じられないくらい、おいしかった。
 私の気持ちは、この世で一番かもしれないと思えるチョコレートの風味だった。

 自分の気持ちを食べ物として咀嚼するという不思議な体験は、絡まったイヤホンコードのような自分の心の中も、ほどいていった。

 私はあの人のことが好きだ。それは紛れもない事実だ。それが口に出せないのはなぜか。怖いからだ。その感情を外に放った瞬間、色々なものが崩れ落ちるのが怖いからだ。じゃあ一生、そのままでいいのか?食べもしないで、まずいと決めつけるのと同じように、投げもしないで、うまく届かないと決めつけていいのか?

「自分はおいしくないだろうと思って差し出したものが、相手にとってはおいしいと感じることって、案外あるものですよ」

 私の作るチョコレートは全部おいしいですけどね、と付け足しながら男は言った。私が巡らせている考えに近いのかそうでもないのか分からない言葉を、食後に飲むほどよく苦いコーヒーのように差し出した。

「それで、いかがいたしましょう。フィーリングチョコレート」

 もう、いらないとは言わなかった。いや、言えなかった。

「じゃあ、その味のチョコレート、2粒ください」
「かしこまりました」

 私は、ある人が好きだという気持ちを込めたチョコレートを、2粒買った。
 あの人と一緒に食べながら、生涯口にすることはないと思っていたことを話してみようか。

 店を出て、いつの間にか塊がいなくなったイヤホンを耳に入れる。今度のプレイリストからは、アソートチョコのようにカラフルなラブソングが途切れることなく流れてくる。

 今度は、足早に曲を飛ばしたりはしなかった。

書いた人:いたみー
コメント:この原稿を書くのに苦戦し、「ネタのため…」と思いながらたくさんチョコレートを食べました。今までで一番、バレンタインを楽しんだ年のような気がします。

WACODES

<選曲理由>

・About You/The 1975
長いあいだ会えていない大切な人のこと、忘れてないよ!いつでも会いたいと思ってるよ!って伝えたい。
byけい

・GIFT/Mr.Children
何か贈り物をって考え立てたらgiftという単語が思い浮かんできたから。
by漢文9点

・Those Were The Days - Remastered/Hary Hopkin
「人生なんてこんなもんだよね」と、自分自身に贈りつけてやります。
by冷え冷えサンゴ礁

・接吻/田島貴男&長岡亮介
2人のギター&歌を聴いていると耳が幸せになるので、幸せをおすそ分け。
byまっか

・When I'm Sixty-Four/The Beatles
「僕を満たしてくれるかい?僕が64歳になっても」ふぅ、甘いですねぇ。激甘ですな。皆さん、64歳になっても一緒に居たいと思える人はいますか?少し重すぎる?それくらいがちょうどいいのです(知らんけど)
byかんちゃん

・だいすき/岡村靖幸
歌詞が「君が大好きあの海辺よりも 甘いチョコよりも」だから!
byチクチク

・Love me! Love me!/The Gospellers
To 中学二年生の頃、最初にハマったミュージシャンのコンサートに初めて行った。10年くらい前に好きだったものを今でも好きでいられることの喜び。
byモンブラン13世

・Warm On A Cold Night/HONNE
自分の周りにいる大切な人たちの心を温めてくれそうな曲だから。
byいたみー

〈#WACODES の #プレイリスト



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