見出し画像

名古屋大学 二次記述 2021年詳解

名古屋大学 二次記述 2021年 詳解

 情報通信技術の革新は、あなたを幸せにしてくれただろうか。
 パーソナルコンピューターの発明やインターネットの登場、スマートフォンのような情報通信バイアスの普及、さまざまなテクノロジーのおかげで、私たちはいろいろなことができるようになった。とりわけ2000年代以降はiPhoneをはじめとするスマートフォンや、Wi-Fi、4Gのような高速通信環境の普及によって、私たちはいつでもどこでもインターネットに接続し、他人と繋がることができるようになっている。そのおかげで遠く離れたところにいる人とすぐにコミュニケーションがとれるし、もちろん仕事をすることだってできる。この世界に張り巡らされたネットワークは、あらゆる通信のシステムを可能にし、それによって私たちの知的活動の可能性は広がり、効率も向上した。情報通信技術のおかげで、私たちの生活は豊かになっているのかもしれない。
 しかし、それは本当に「幸せ」をもたらしているといえるのだろうか。たとえば、あなたが肌身離さず持ち歩いているスマートフォンは、常時メッセージや通知を受信することを可能にしたが、その状態は①外の世界に注意を払い続けなければいけないことを意味している。他人といつでも連絡が取れる安心感を得ると同時に、私たちの①心身は常に緊張し、リラックスすることが困難になっているのだ。加えてSNSや検索エンジンのアルゴリズムは「最適化」の名のもとに③④偏った情報でユーザーを包み込み、「④フィルターバブル」と呼ばれる④分断の状況を生んだ。ソーシャルゲームへの依存に伴う課金や、チャットツールなど閉じたコミュニティで発生するいじめ、SNS上での②誹謗中傷など、インターネットの発展に伴って生まれた問題はもはや社会全体に大きな影響を及ぼしつつある。
 もしかしたら、私たちは情報通信技術によって「幸せ」から遠ざけられているのだろうか?
 こうした問題は、情報通信技術を開発するうえで根源的な目標であった「人間を幸せにする」ことがきちんと認識されないまま設計が進んでしまったことから生まれたものだといえる。そもそも人間にとって「幸せとは何か」がきちんと検討されてこなかったからこそ、本来人々を幸せにするはずの技術が人々を抑圧してしまっているのだ。

(問)傍線部「もしかしたら、私たちは情報通信技術によって「幸せ」から遠ざけられているのだろうか?」とあるが、筆者がそのように問う理由を本文に即して80字以内で説明せよ。
 




 大学入試現代文で採択・出題される文章の大半が近代文明批判ですが、こちらの文章もご多分に漏れず、その類に属します。「情報通信技術」の発達の弊害、平たく言えば、情報化社会の問題に読み手を直面させる文章です。

 設問は私たちが情報通信技術の発達・浸透によって「幸せから遠ざけられている」ことを問い掛けています。つまりは、高度情報化社会の「問題」点を把握させる出題です。

 一般に世の指導者たちは、抽象概念ばかりを考察の拠り所とするため、およそ現実の映像が思い描かれることのない解答が出回っています。本問で、最も禁忌すべきものが、次のような解答です。

〈解答悪例〉
 今日の情報通信技術が、人間を「幸せ」にするという根源的な目標を明確に認識することなく設計され、人々を抑圧してしまっているから。

 主に傍線部に続く次段落の内容に重きを置いた解答です。残念ながら、こちらの解答で評価されるのは「抑圧」だけです。但し、解答要件の第一ポイント二つのうちの一つ分の半分、つまり、第一ポイントの約四分の一の得点です。

 この解答の何が問題であるか、お分かりでしょうか。確かに本文上では、「情報通信技術を開発するうえで根源的な目標であった『人間を幸せにする』ことがきちんと認識されないまま設計が進んでしまったことから生まれた」とあります。つまり、「情報通信技術」は、人間の「幸せ」を明確に認識することなく、設計されていると述べられています。この人間の「幸せ」とは何でしょうか。

 人間の「幸せ」に相当するものを、本文から探り当てますと、「リラックス」であることがつかめるでしょうか。今日の情報環境の中で「困難」になっていることですので、比較的、容易につかめるのではないでしょうか。但し、これに言葉の上での根拠から接近して行くというスタンスは、実に心許ないものです。大切なことは、言葉で示された内容に相当する現実を、積極的に想起することです。日々、緊張状態に置かれた生活の中で、人が「幸せ」を実感することは考え辛いでしょう。幸福の基本要件が自由であることと同じく、心身において快適な「リラックス」した状態が、「幸せ」を実感するには不可欠な条件なのでしょう。

 では、今日の情報環境が、この「リラックス」し得る状態を、どうして私たちから奪っているかを考えてみましょう。それは、情報環境が私たちを常時、「外の世界に注意を払い続けなければいけない」状態に置くからなのです。今や国民全体のインターネット使用率は90%以上。公的な手続きや、日常的なショッピングに至るまで、私たちの生活の実に多くの部分で、情報ツールの使用が求められます。インターネットをはじめとした情報システムは、今や私たちの生活の中核に位置すると言っても過言ではないでしょう。しかし、この常時、外部との接続・交信が求められる日々の暮らしは、私たちの「心身」から「リラックス」する瞬間を大いに奪い去っているのです。

 設問が求めた解答の第一要件がこれです。本文上の叙述で言えば、「外の世界(=情報)に注意を払い続けなければいけない」ここと、それによって、「心身」が常に「緊張」状態に置かれること、すなわち、疲弊していることです。「緊張」を疲弊と言い換えることで、内容が一段階、明確化します。言うまでもありませんが、記述式問題の核心は、本文上の表現の言い換えと、活字に埋もれて見えない(書かれていない)現実を、自身の想像力で炙り出す(=考える)ことにあります。

 次に本文上で注目したいのが、情報そのものの宿命的な問題点です。情報は常に発信者の主観や作為によって、大いに偏向し、歪曲されるものです。この点を示した本文の叙述が、「偏った情報」です。この「偏った情報」という叙述は、文脈的には、後に第四ポイントとして取り込む「自分好みの情報」を意味しています。しかし、これを現実的に解読したなら、ダブルミーニング的に、倒錯した情報や虚偽と捉えることもできるはずです。発信者の意図しないところでの倒錯や、作為的な虚偽さえ、ネット界隈では星の数の如く飛び交っています。そんな倒錯や虚偽に満ちた情報によって、私たちは混乱させられているのではないでしょうか。心身の疲弊の第二要因であるこれらの内容を、解答の第二要件とします。

 これに加えて、今日のSNS上で飛び交う、「誹謗中傷」についても素材として行きます。SNSなどのネットワーク上のコミュニケーションでは、顔も名前も晒すことなく、発言することが可能です。加えて、仮に相手を攻撃したとしても、相手からの反撃を直に受け止める必要がなく、また、それが度を過ぎた際には、相手との関わりを遮断することさえ、簡単に為し得ます、ここにネット上に、心ない誹謗中傷が溢れ返る理由があります。加えて、他人の監視の目や注意を免れ得るネット空間においては、荒唐無稽に陥りやすい深夜の思考・逡巡と同じく、悪意が膨張しやすいのです。ネット上に氾濫する「誹謗中傷」も、倒錯した情報に加え、私たちを疲弊させるものに相違ないでしょう。こちらを解答要件の第三ポイントとします。

 この「誹謗中傷」について示されている叙述の近辺に、「課金」という内容が見当たりますが、こちらについては、80字の解答内に取り込み得ないため、割愛します。確かに、ゲームやSNS上で活用されるスタンプや、プレミアム契約など、情報環境の快適さを向上させるには、ソフト面で、多少のコストが掛かることに加え、最新の機器を調達するというハード面でのコストも見逃せないでしょう。文化水準の向上に比例して、私たちの経済的負担も、明らかに増大しているのです。これも高度情報化社会の「@問題」点に他なりませんが、80字という字数制限は、ここまでの内容を求めていないようです。もし、本問が100字以上の記述であったなら、こちらの内容も取り込むべきでしょう。

 また、街中で繰り広げられる日々の暮らしと異なり、情報ネットワーク上のコミュニティは、しばしば閉鎖性と排他性を強めます。Amazonのサイトあたりで、「あなたへのオススメ」という商品情報が出て来ますが、生身の生活が、多く、自分の意に沿わない人たちとの関わりを必要とするのと異なり、ネット上における他者との関わりは、自分好みのものだけを中心に選択することが可能なのです。これが本文で言うところの「フィルターバブル」です。そして、その結果として、私たちは他者との広汎な関わりを「分断」して、自閉性、排他性を強める。すなわち、自己中心性を強めて行くのです。解答の第四要件として大切なことは、情報環境の中で、私たちが自分好みの情報ばかりを収集しがちになることと、それによって、思考・感情の自己中心性を強めて行くことを明確に示すことです。特に「分断」という言葉については、そのまま解答に引用することなく、「分断(=多くの他者との関わりの断絶)」の原因である、思考・感情のクセが強くなる(=自己中心性を強める)こととして解答内に明示することが大切です。

 高度情報化社会は、GPSの如く、私たちに常時、他者との情報環境上でのつながりを求めます。事実、世界中で情報は24時間、無休で発信されていますし、同様に、私たちは常時、誰とでも交信することが可能ですが、そのことで、私たちは24時間、誰かとの交信を余儀なくされもいるのです。スローライフ志向の人たちが、スマートフォンの電源を切ることを推奨するのも、そのためでしょう。これは確かに、ある面で、不幸なことです。但し、私たちを疲弊させる、この情報環境の煩わしさと、私たちが自分好みの情報や、気の合う仲間ばかりを集めて、閉鎖的なコミュニティを形成しがちになるという側面が私たちに与える印象は、明らかに異なります。事実、気の合った仲間たちとのネット上での対話は、快楽に満ちたものとなっているはずです。つまり、高度情報化社会が私たちに与える印象には、煩わしさ(マイナス印象)だけでなく、心地良さ(プラス印象)もあるのです。但し、これらは何れも、客観的に見れば、情報化社会の負の側面(=「問題」)なのです。

 結果として、解答の素材は以下の通りとなります。

①「外の世界に注意を払い続けなければいけない」→常時、情報環境との接続に迫られる
 「心身は常に緊張」→心身が疲弊(←マイナス印象)
②「偏った情報」→倒錯、虚偽
③「誹謗中傷」(←但し、「さえ」や「も」を添えて、部分的な内容として取り込む)
④「偏った情報」「フィルターバブル」→自分好みの情報ばかりを収集(←プラス印象)
 「分断」→自己中心性を強める


《解答例》
個々の④嗜好に適う情報ばかりを得て、④自己中心性を強めつつ、②倒錯した情報や虚偽に加え、心ない③誹謗中傷さえ飛び交う情報の渦に①常時、巻き込まれ、①心身が疲弊しているから。



 各予備校の見解を見てみましょう。

駿台予備学校解答
(情報技術通信の革新は、人との繋がりや知的活動の面で人々の生活を豊かにしたが、)そこから生じる問題が社会全体に大きな影響を及ぼし、人々を抑圧していると思われるから。

 まず、情報通信技術の功績(プラス面)である「人との繋がりや知的活動の面で人々の生活を豊かにしたが」が不要です。設問は情報通信技術が、私たちを「幸せ」から遠ざける理由です。情報通信技術の「問題」点だけが解答の素材になります。加えて、「問題」という言葉自体は、加点対象にはなりません。唯一、加点されるであろうと予測されるのが、「抑圧」ですが、こちらは先に上げた解答悪例と同じく、第一ポイントの約四分の一の評価に止まります。
駿台予備学校解答得点 → 4ポイント中、0・25ポイント


代々木ゼミナール解答

(情報通信技術の革新で知的活動や効率は向上したが、)同時に私たちの心身は常に外部と接続×可能な緊張状態となり、ネット上での誹謗中傷などの問題もあって疲弊しているから。

 こちらも先の解答と同じく、情報通信技術の功績(プラス面)が前半に「知的活動や効率は向上した」と添えてあります。言うまでもなく、こちらも加点対象とはなりません。情報通信技術の「問題」点だけが評価対象となります。「緊張状態」「疲弊」は第一ポイントの構成要素二つのうちの一つとして評価されるでしょう。「誹謗中傷」に関しては、第三ポイントそのままですので、こちらはそのまま加点されます。但し、情報通信技術への接続は、本文「なければいけない」とある通り、半ば強制的です。これを「可能」と、自由な状態としているところは、減点される可能性もあります。
代々木ゼミナール解答得点 → 4ポイント中、1・5ポイント以下



河合塾解答
幸せとは何かが検討されないまま開発された情報通信技術が、人々の心身を常に緊張状態に置いたり、分断の状況を生む×など、人々を抑圧するような問題を生み出しているから。

 まず、「緊張状態」が第一ポイントの半分として評価されます。そして、この「緊張状態」が半ば強制的にもたらされるものであるという点で、「抑圧」も第一ポイントの構成要素の一部として評価されるでしょう。「分断」に関しては、第四ポイントの構成要素二つのうちの一つに相当しますが、解釈が完全ではないため、そのさらに半分程度の評価になってしまいます。一方で、この「分断」、すなわち、私たちが自己中心性を強めることに関しては、私たちはむしろ快適さを感じるはずであり、「抑圧」や「疲弊」を生み出しません。これを同一関係に置く「など」でつないでいる点が、減点される懸念があります。
河合塾解答得点 → 4ポイント中、1ポイント以下

 これら一般予備校の解答に共通する問題点が、半ば「腫れ物に触る」かのように、本文の叙述の断片を、現実世界に投影しないまま収集していることにあります。結果として、不完全な解釈の解答に終わってしまうことに加え、対立内容として分別すべき内容を、類似内容や同一内容として捉えてしまう間違いが生じてしまうのです。言葉を抽象概念のまま扱うことで、国語(現代文)は、容易に科目としての根幹・本質を失います。
                                           現代文・小論文講師  松岡拓美
名古屋大学  二次記述 2021年 詳解

 情報通信技術の革新は、あなたを幸せにしてくれただろうか。
 パーソナルコンピューターの発明やインターネットの登場、スマートフォンのような情報通信バイアスの普及、さまざまなテクノロジーのおかげで、私たちはいろいろなことができるようになった。とりわけ2000年代以降はiPhoneをはじめとするスマートフォンや、Wi-Fi、4Gのような高速通信環境の普及によって、私たちはいつでもどこでもインターネットも接続し、他人と繋がることができるようになっている。そのおかげで遠く離れたところにいる人とすぐにコミュニケーションがとれるし、もちろん仕事をすることだってできる。この世界に張り巡らされたネットワークは、あらゆる通信のシステムを可能にし、それによって私たちの知的活動の可能性は広がり、効率も向上した。情報通信技術のおかげで、私たちの生活は豊かのなっているのかもしれない。
 しかし、それは本当に「幸せ」をもたらしているといえるのだろうか。たとえば、あなたが肌身離さず持ち歩いているスマートフォンは、常時メッセージや通知を受信することを可能にしたが、その状態は③外の世界に注意を払い続けなければいけないことを意味している。他人といつでも連絡が取れる安心感を得ると同時に、私たちの③心身は常に緊張し、リラックスすることが困難になっているのだ。加えてSNSや検索エンジンのアルゴリズムは「最適化」の名のもとに①偏った情報でユーザーを包み込み、「④フィルターバブル」と呼ばれる④分断の状況を生んだ。ソーシャルゲームへの依存に伴う課金や、チャットツールなど閉じたコミュニティで発生するいじめ、SNS上での②誹謗中傷など、インターネットの発展に伴って生まれた問題はもはや社会全体に大きな影響を及ぼしつつある。
 もしかしたら、私たちは情報通信技術によって「幸せ」から遠ざけられているのだろうか?
 こうした問題は、情報通信技術を開発するうえで根源的な目標であった「人間を幸せにする」ことがきちんと認識されないまま設計が進んでしまったことから生まれたものだといえる。そもそも人間にとって「幸せとは何か」がきちんと検討されてこなかったからこそ、本来人々を幸せにするはずの技術が人々を抑圧してしまっているのだ。

(問)「もしかしたら、私たちは情報通信技術によって「幸せ」から遠ざけられているのだろうか?」とあるが、筆者がそのように問う理由を本文に即して80字以内で説明せよ。



 大学入試現代文で採択・出題される文章の大半が近代文明批判ですが、こちらの文章もご多分に漏れず、その類に属します。「情報通信技術」の発達の弊害、平たく言えば、情報化社会の問題に読み手を直面させる文章です。

 設問は私たちが情報通信技術の発達・浸透によって「幸せから遠ざけられている」ことを問い掛けています。つまりは、高度情報化社会の「問題」点を把握させる問題です。

 一般に世の指導者たちは、抽象概念ばかりを考察の拠り所とするため、およそ現実の映像が思い描かれることのない解答が出回っています。本問で、最も禁忌すべきものが、次のような解答です。

〈解答悪例〉
 今日の情報通信技術が、人間を「幸せ」にするという根源的な目標を明確に認識することなく設計され、人々を抑圧してしまっているから。

 主に傍線部に続く次段落の内容に重きを置いた解答です。残念ながら、こちらの解答で評価されるのは「抑圧」だえ。但し、解答要件の第一ポイント二つのうちの一つ分の半分、つまり、第一ポイントの約四分の一の得点です。

 この解答の何が問題であるか、お分かりでしょうか。確かに本文上では、「情報通信技術を開発するうえで根源的な目標であった『人間を幸せにする』ことがきちんと認識されないまま設計が進んでしまったことから生まれた」とあります。つまり、「情報通信技術」は、人間の「幸せ」を明確に認識することなく、設計されていると述べられています。この人間の「幸せ」とは何でしょうか。

 人間の「幸せ」に相当するものを、本文から探り当てますと、「リラックス」であることがつかめるでしょうか。今日の情報環境の中で「困難」になっていることですので、比較的、容易につかめるのではないでしょうか。但し、これに言葉の上での根拠から接近して行くというスタンスは、実に心許ないものです。大切なことは、言葉で示された内容に相当する現実を、積極的に想起することです。日々、緊張状態に置かれた生活の中で、人が「幸せ」を実感することは考え辛いでしょう。幸福の基本要件が自由であることと同じく、心身において快適な「リラックス」した状態が、「幸せ」を実感するには不可欠な条件なのでしょう。

 では、今日の情報環境が、この「リラックス」し得る状態を、どうして私たちから奪っているかを考えてみましょう。それは、情報環境が私たちを常時、「外の世界に注意を払い続けなければいけない」状態に置くからなのです。今や国民全体のインターネット使用率は90%以上。公的な手続きや、日常的なショッピングに至るまで、私たちの生活の実に多くの部分で、情報ツールの使用が求められます。インターネットをはじめとした情報システムは、今や私たちの生活の中核に位置すると言っても過言ではないでしょう。しかし、この常時、外部との接続・交信が求められる日々の暮らしは、私たちの「心身」から「リラックス」する瞬間を大いに奪い去っているのです。

 設問が求めた解答の第一要件がこれです。本文上の叙述で言えば、「外の世界(=情報)に注意を払い続けなければいけない」ここと、それによって、「心身」が常に「緊張」状態に置かれること、すなわち、疲弊していることです。「緊張」を疲弊と言い換えることで、内容が一段階、明確化します。言うまでもありませんが、記述式問題の核心は、本文上の表現の言い換えと、活字に埋もれて見えない(書かれていない)現実を、自身の想像力で炙り出す(=考える)ことにあります。

 次に本文上で注目したいのが、情報そのものの宿命的な問題点です。情報は常に発信者の主観や作為によって、大いに偏向し、歪曲されるものです。この点を示した本文の叙述が、「偏った情報」です。時に大いなる倒錯さえ免れ得ない情報によって、私たちは混乱させられる。これを解答の第二要件とします。やや極端ではありますが、「偏った情報」を、「倒錯した情報」と言い換えて、解答の素材とします。

 これに加えて、今日のSNSで飛び交う、「誹謗中傷」についても素材として行きます。SNSなどのネットワーク上のコミュニケーションでは、顔も名前も晒すことなく、発言することが可能です。加えて、仮に相手を攻撃したとしても、相手からの反撃を直に受け止める必要がなく、また、それが度を過ぎた際には、相手との関わりを遮断することさえ、簡単に為し得ます、ここにネット上に、心ない誹謗中傷が溢れ返る理由があります。加えて、他人の監視の目や注意を免れ得るネット空間においては、荒唐無稽に陥りやすい深夜の思考・逡巡と同じく、悪意が膨張しやすいのです。ネット上に氾濫する「誹謗中傷」も、倒錯した情報に加え、私たちを疲弊させるものに相違ないでしょう。こちらを解答要件の第三ポイントとします。

 加えて、街中で繰り広げられる日々の暮らしと異なり、情報ネットワーク上のコミュニティは、しばしば閉鎖性と排他性を強めます。Amazonのサイトあたりで、「あなたへのオススメ」という商品情報が出て来ますが、生身の生活が、多く、自分の意に沿わない人たちとの関わりを必要とするのと異なり、ネット上における他者との関わりは、自分好みのものだけを中心に選択することが可能なのです。これが本文で言うところの「フィルターバブル」です。そして、その結果として、私たちは他者との関わりを「分断」する。すなわち、趣味・嗜好のみならず、思考においてさえも、自己中心性を強めて行くのです。解答の第四要件として大切なことは、情報環境の中で、私たちが自分好みの情報ばかりを収集しがちになることと、それによって、思考・感情の自己中心性を強めて行くことを明確に示すことです。特に「分断」という言葉については、そのまま解答に引用することなく、「分断(=他者との断絶)」の原因である、思考・感情のクセが強くなることとして解答内に明示することが大切です。

 結果として、解答の素材は以下の通りとなります。

①「外の世界に注意を払い続けなければいけない」→常時、情報環境との接続に迫られる
 「心身は常に緊張」→心身が疲弊
②「偏った情報」→倒錯した情報
③「誹謗中傷」(←但し、「さえ」や「も」を添えて、部分的な内容として取り込む)
④「フィルターバブル」→自分好みの情報ばかりを収集
 「分断」→自己中心性を強める


《解答例》
個々の④嗜好に適う情報ばかりを得て、④自己中心性を強めながら、①倒錯した情報に加え、心ない②誹謗中傷さえ飛び交う情報の渦に③常時、巻き込まれ、③心身が疲弊しているから。


 各予備校の見解を見てみましょう。

駿台予備学校解答
(情報技術通信の革新は、人との繋がりや知的活動の面で人々の生活を豊かにしたが、)そこから生じる問題が社会全体に大きな影響を及ぼし、人々を抑圧していると思われるから。

 まず、情報通信技術の功績(プラス面)である「人との繋がりや知的活動の面で人々の生活を豊かにしたが」が不要です。設問は情報通信技術が、私たちを「幸せ」から遠ざける理由です。情報通信技術の「問題」点だけが解答の素材になります。加えて、「問題」という言葉自体は、加点対象にはなりません。唯一、加点されるであろうと予測されるのが、「抑圧」ですが、こちらは先に上げた解答悪例と同じく、第一ポイントの約四分の一の評価に止まります。
駿台予備学校解答得点 →4ポイント中、〇・25ポイント


代々木ゼミナール解答

(情報通信技術の革新で知的活動や効率は向上したが、)同時に私たちの心身は常に外部と接続×可能な緊張状態となり、ネット上での誹謗中傷などの問題もあって疲弊しているから。

 こちらも先の解答と同じく、情報通信技術の功績(プラス面)が前半に「知的活動や効率は向上した」と添えてあります。言うまでもなく、こちらも加点対象とはなりません。情報通信技術の「問題」点だけが評価対象となります。「緊張状態」「疲弊」は第一ポイントの構成要素二つのうちの一つとして評価されるでしょう。「誹謗中傷」に関しては、第三ポイントそのままですので、こちらはそのまま加点されます。但し、情報通信技術への接続は、本文「なければいけない」とある通り、半ば強制的です。これを「可能」と、自由な状態としているところは、減点される可能性もあります。
代々木ゼミナール解答得点 →4ポイント中、1・5ポイント以下


河合塾解答
幸せとは何かが検討されないまま開発された情報通信技術が、人々の心身を常に緊張状態に置いたり、分断の状況を生む×など、人々を抑圧するような問題を生み出しているから。

 まず、「緊張状態」が第一ポイントの半分として評価されます。そして、この「緊張状態」が半ば強制的にもたらされるものであるという点で、「抑圧」も第一ポイントの構成要素の一部として評価されるでしょう。「分断」に関しては、第四ポイントの構成要素二つのうちの一つに相当しますが、解釈が完全ではないため、そのさらに半分程度の評価になってしまいます。一方で、この「分断」、すなわち、私たちが自己中心性を強めることに関しては、私たちはむしろ快適さを感じるはずであり、「抑圧」や「疲弊」を生み出しません。これを同一関係に置く「など」でつないでいる点が、減点される懸念があります。
河合塾解答得点 →4ポイント中、1ポイント以下


 これら一般予備校の解答に共通する問題点が、半ば「腫れ物に触る」かのように、本文の叙述の断片を、現実世界に投影しないまま収集していることにあります。結果として、不完全な解釈の解答に終わってしまうことに加え、対立内容として分別すべき内容を、類似内容や同一内容として捉えてしまう間違いが生じてしまうのです。言葉を抽象概念のまま扱うことで、国語(現代文)は、容易に科目としての根幹・本質を失います。
                

                   現代文・小論文講師  松岡拓美

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?