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【本と現実】女は俺の成熟する場所だった。

「女は俺の成熟する場所だった。」

この一文だけ見ると、
いかにも気障ったらしい言葉だ。
これは、大正時代から昭和時代に
活躍した小林秀雄が若い時に書いた
小説『Xへの手紙』の中にある、
名言めいた自白です。
この自白の次には
こんな言葉が続きます。
 
「書物に傍点をほどこしては
この世を理解して行こうとした
俺の小癪な夢を一挙に破ってくれた。」

本ばかり読んでは、
世界や人間を理解できたつもりに
なっていたとしても、
恋愛という現実の前には
本による理解など、一瞬で
打ち砕かれてしまうだけだろう。

ふだん、このnoteで
私なんぞは、
本による知恵や理解を
さもしたり顔になって
書いているだけで、
まるで深みのない人間だろうな。
「批評の神様」小林秀雄は
なんて見事に的を射るんだろう(汗)。
それも、こちらの耳がちょっと
痛いポイントをついてくる。

本の知識や思考には、
しょせん、限界があることを
私たちは常に意識していなくては
ならない…のかもしれませんね。

この自覚があるからこそ、逆に、
小林秀雄は本からの理解が深く、
成熟していったのかも…
しれないですね。

この格言?を読むと、
私なんて、ずっと海の浅瀬で
ピチャピチャと戯れているだけの
浅い奴なんだろうなと凹んでしまう。

さらに言えば、
自分を成熟に導いてくれるような
ホンモノの恋愛を、
私はまだしたこともないのでは、
と不安にもなる。
小林秀雄はこう結んでいる。
「と言っても何も人よりましな恋愛を
したとは思っていない。何もかも 
尋常な事をやって来た。」

本を読むことだけが決して、
人生や世界を理解し、経験する
ベストな方法ではないことを
ほのめかしてくれるのが
小林秀雄の強靭さだ。

本に溺れてはならない。
本に読まれてはならない。
現実の恋愛や出会いや離別が
我々を成熟させてくれるのだ。

こんな当たり前の話を、
ついつい忘れがちになるだろう…
そう小林秀雄は、
苦笑いをしながら
ご忠告してくれているのだ。
気障なじいさんよ、ありがとうな。
(笑)

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