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【読書】「人間は考える葦である」は、パスカル?モンテーニュ?パンセ?エセー?

「人間は考える葦である」。

この名言は、フランスの
中世の思想家の言葉だ、たしか。
というのは知ってるんですが、
さて、この名言が載っている本は
『パンセ』(思考)だったっけ?
『エセー』(随想)だったっけ?

なぜか頭の中でごちゃごちゃに
なってしまいます。

ついでに、いうと
この名言を書いたのは、
パスカルだっけ?
モンテーニュだっけ?
(笑)

毎回、よく覚えてなくて
ごっちゃになります。
みなさんは、さっと言えますか?

で、ネットで調べました。
「人間は考える葦である」という  
言葉を記したのは、
パスカルという17世紀フランスの
哲学者・科学者で、
この名言は彼の『パンセ』という
思考の覚え書きにあるんですって。
パスカルだからパンセ、
というふうに「パつながり」で
記憶しちゃいましょうか。

それで、
残るはモンテーニュですが、
彼は16世紀フランスルネサンスを
生きた乱世の法律学者。
彼が遺した覚え書きが
死後に「エセー」として
出版されたんだそうです。

そんな基本事項を整理した後で
こんな対談をご紹介したい。

対談の一人は批評家・小林秀雄。
その相手は、哲学者・三木清。
三木清といえば、
戦前にマルクス主義哲学を唱えて
戦前の警察に捕まり、
牢屋に投獄され、
敗戦でやっと解放されることに
なったのにも関わらず、
放ったらかしにされて獄死した
哲学者です。
『人生論ノート』を
青春時代に一度は読み齧った方も
多いのではないでしょうか?

話が逸れました。
元に戻りましょう。閑話休題。

小林秀雄と三木清はどんな対談を
していたのか?ご紹介します。

小林
「三木さんは昔、
パスカルの事を書いたね」
三木
「うん、今もパスカルは離れられないね」
小林
「僕も昔あれを読んで、こんど読み返そうと思ったけど、モンテーニュは段々つまらなくなる。パスカルは段々面白くなる」
三木
「モンテーニュは、西洋の教養の系統の中で読んでいれば面白いので、われわれがじかに読むとそれほどでもない」
小林
「そういう点では、パスカルはものを考える原始人みたいなところがある。何かに率直に驚いて、すぐそこから真っすぐに考え始めるところがある」

この対談は、『小林秀雄対話集 
直観を磨くもの』新潮文庫より、
引用させて頂きました。

二人が相まみえて、
おそらく数分で、
パスカルとモンテーニュの
それぞれの精神のあり方を
テンポよく論じています。
しかも、わずか数分で。
見事な人間観察のなせるワザ。
人間観察というか、
著者観察というべきかしら。

中身について要約したりなんて
やわな話はしない。
対話が始まって早々に
パスカルとモンテーニュの
精神の差異について論じる
このダイナミックさ。

本当の知の教養というものは、
こんなことをささっと語れちゃう
人間観察、著者観察の
鋭さなんでしょうね。

本をたくさん読むだけではなく、
本が描かれた著者や時代や動機を
しっかり総合的に読んでいるから
こんな対話ができるんでしょう。

対話集を読んでいて、
パスカルだっけ、
モンテーニュだっけ?
と頭の中でごっちゃになって、
スマホで調べ直した私は
一生、どんなに本を読みあさっても
こんな二人にはなれない。

それは悔しいけれど、
また事実だから仕方がない。
でも、私にしかできない読書スタイルを
見つけてやるからな、
小林秀雄さん!三木清さん!

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