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【戦後作家の肖像8】読者に寄り添うセーフティネット、色川武大

戦後作家はたくましい。
日本史上、類のない、
戦争と敗戦と闇市を生きた作家は
粘り強くて、たくましく、
かつ、類のないか弱き生き物だ。

というのは、
キレイごと過ぎるかもしれない。
誰も、戦争や敗戦を
心から望んでた作家はいなかったはず。
ただ、目の前に広がる日々を
ひたすら生きただけに違いない。

ただし、ひたすら生きるにも、
価値観が180°変わってしまっては
戦中の生き方ではやっていけなくて、
足を掬われるような日々だったでしょう。
とにかく、戦後は、がむしゃら生きた。

あんなに死にたがり屋だった
太宰治だって、不思議なことに
戦争中は生きて生きて生きました。

さて、戦後を暗澹たる心で
生きた作家の一人に、
色川武大(たけひろ)がいます。

別の名前は、
伝説の麻雀小説家、阿佐田哲也。

色川武大は、
いわゆる国語の教科書に
出てくるような作家ではない。

彼の『怪しい来客簿』に
どれだけ助けてもらえたことか。
17の短編集ですが、
うまく生きるのが下手な、
不器用でアンラッキーな人が
よく登場します。
たいていは、実在した人たちばかり。
そうして、そんな人たちに向けた
色川武大の優しさが
読む人間を安堵させてくれるんです。
セーフティネットな作品です。

もちろん、阿佐田哲也として
ギャンブルを極めた色川に、
安っぽい偽善精神はない。

おそらくそれは、
色川武大自身が、
不器用で悲しきアンラッキーな
人間だったからです。
そうして、自分自身を救うために
不運な人間たちを書いたのでしょうか!

色川武大の
『うらおもて人生録』は
ギャンブラーならではの
覚めた視野による人生論だ。
色川武大で一番売れているのは
この本かもしれない。

『私の旧約聖書』も
クリスチャン作家の
遠藤周作とはぜんぜん違うスタイルで
旧約の読み方を教えてくれます。

彼は、自分のことを、
ハズレもの、落ちこぼれ、
はみ出しものと既定している。

でも、たちの悪い自虐的な  
私小説家とはちがい、
ハズレものとして
世を拗ねたりしない。

色川武大の短編集は、
そんな透明感のおかげで、
安定した気持ちで読めるんです。
無闇な自己否定はない。
クールな語り方に惹かれるんです。

でも、作家としては、
中公賞『黒い布』
泉鏡花賞『怪しい来客簿』 
直木賞「離婚」
川端康成賞「百」
読売文学賞「狂人日記」など
選ばれし作家である事は確か。

自分とはいったい何者か?
一生かけて問い続けた、
巨大な自意識の作家でした。

彼は優しい人だったろう。
しかも、自分が優しいなんて
つゆ思っていなかった。
それが結果的に、
か弱き読者のセーフティネットに
なり得る秘密なのでしょう。

自意識過剰で読者を
キリキリマイさせるような
ヤワな作家でないことは確かです。

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