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目指しているのは綿菓子のような本

物語に心を救われたことはありません。

「本や物語っていいよね……」と呟きつづける僕がそんなことを言うのは、意外に思われるかもしれません。けれど事実だから仕方ないのです。

家庭環境でいろいろあり、鬱屈した想いを抱いて生きてきました。
「だから本が唯一の救いで、誰かを救えるような物語を作りたくて編集者を目指したんです……」と繋げられれば美談ですが、残念ながらそんなきれいにまとめられないわけです。

「救い」を定量と定性に分けると、現実的な救いと、精神的な心の救いに分けられます。

現実的な救いとは環境や金銭面などの改善であり、物語が何かを変えてくれるわけではありません。当然です。本やマンガや映画に触れてお金が降ってくるわけないし、誰かが手を差し伸べてくれたりもしません。
もちろん物語から「知恵」は得られるので、行動を起こすきっかけになる……という意味で現実の救いに寄与するとは思っています。
(※そもそも、現実的な救いを必要としている人こそ物語を摂取する金銭的余裕がなかったりするんですよね。だからこそ、所得差に関わらず物語に触れることができる図書館という存在は、非常にありがたいです)

では、心の救いとはなんでしょう。
苦しい心に物語が寄り添ってくれたり、同じ環境にいる登場人物がつかみ取る未来に自分自身も光を見出したりすることでしょうか。主人公が自分の代わりに物語世界で痛快に暴れてくれるのもその一つかもしれませんが、エンタメ的なものよりも、繊細な心の機微を描いた重厚な物語から得られる希望が「心の救い」と言われることが多いように感じます。
実際、そうした物語には心を救ってくれる力があります。救われてきた人はきっと数知れずいますし、それが物語の持つ力の一つでもあります。

ただ、小さいころから不安症でひねくれものの僕は、物語の救いをまっすぐ受け取れない人間なのでした。
さまざまな事情を抱える登場人物からは「辛いのは自分だけじゃない」という共感を覚えるのではなく、「現実を突き付けられる」気がしてしまうのです。現状がもっと悪くなるのではないか、あんなことも起きるのではないか。そんなことを考えてしまい、思考が負のループに進んでしまいます。たとえラストに希望がある物語だとしても、「この話はなんとかなったけど、自分はそんなにうまくいかないのではないか」という考えが脳裏を占めてしまい、より心が重くなってしまうのでした。
物語がむしろ現実の刃を突き付けてくることもあります。だから僕は、「物語は救いになるよ」とは安易に言いたくありません。

(こう書きつつも、重い作品に触れてたくさん感動しますし、そこから希望や勇気をもらうことも多々あります。あくまで個人の性格的な傾向の話です。一般論や絶対的な意見として発しているつもりはないので、ご理解ください。)

そんなひねくれものの僕がなぜ物語を愛し、生業にしているのか。
それは、物語に触れている間は嫌なことを忘れられたからです。
物語に浸っている数時間だけは、現実を忘れて物語の世界に潜り込むことができました。その時間にどれだけ助けられたことか。
それは救いでもなんでもなくて、むしろ「逃避」と言い換えられるかもしれません。けれど、僕は十分だと思っています。
こんなクソみたいな現実からひと時でも逃げられるのであれば、それに越したことはありません。僕は苦しい現実の先にあるかすかな光明に縋りたいのではなくて、今目の前にある現実から目をそらしたいのです。
読み終えた後に直視したくない現実が待ち受けているとしても、読んでいる間のひと時だけは。

そう思って、ずっと本を作り続けています。昔も今も。

編集者として僕が理想としているのは、綿菓子のような本です。
食べている間は頭が溶けそうな甘さにくらくらし、脳内が「甘い!うまい!」という言葉でいっぱいになる。
「あー、おいしかった!」と食べ終えた後は何も残らない。食べかすも、記憶も。
一瞬だけ嫌なことを忘れられるのは、心の救いではないかもしれないけど、心を保たせることに繋がると信じています。

様々なジャンルの本を手掛けており、それぞれの目指す方向性、価値、力に寄り添って本づくりをしていますが、僕が立てる企画の傾向として「逃避」の力を持つ物語が多いのは、こうした想いに基づいているからなのでしょう。
数時間だけ現実を忘れられるように、これからも綿菓子のような物語を世に届けていきたいと願っています。その機会がある限り。

もうすぐ3月も終わり、年度も終わります。
立場上、文芸編集者として本づくりをする機会も減ってきているので、年度とこれまでの振り返りを兼ねて、記事をまとめてみました。
(あくまで個人としての文章です)

☆☆☆

※というわけで、嫌な現実を忘れられる超最高な新刊が出ました。
3月5日刊行の、山本幸久さん『花屋さんが言うことには』です。
めっちゃ好調で、発売即重版もかかりました。よかったらぜひ!
(急に入れ込む宣伝)

表紙がかわいい

駅前の花屋さんを舞台にした、読んだ後に心が幸せでいっぱいになる物語です。出てくる人みんな良い人! まさにハートフルな作品で、嫌な現実とか見たくないな~という人に全力でおすすめです。というか山本幸久さんの書く物語はどれも優しくて温かくて、全部大好きでおすすめです。
文庫なので値段もお買い求めやすくなってますぞ。
よろしくお願いいたします。



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