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私の推し『蒼天航路』勝手に解説④ 官渡の戦い 曹操vs袁紹 文学的背景

袁紹と袁術の共通点


 第1回で袁術の話をしたが、袁術は袁紹の親戚である。この二人は、ちょっと違うけどとても似ている。袁術が「伝国の玉璽」で自分が天子になれると考えたように、「人の評価」が自分の価値を決めると考えているという点で共通している。

 袁紹の場合は「自分の出自」である。袁紹は位の高い出自だった。

後漢時代に4代にわたって三公を輩出した名門汝南袁氏の出身

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A2%81%E7%B4%B9

 彼はこの時点で、自分が「王」としての資質を持っていると考えているのだった。

 しかし、曹操はそんな袁紹の「驕り」が鼻もちならなかった。「蒼天航路」の中に、袁紹と曹操の人生観を表す対照的な台詞がある。「戦い方は」と言っているが、人生観が存分に含まれている。

袁紹と曹操の対照的な人生観

 袁紹 「俺の戦い方は、まず至強に入りやがてそれを動かすことにある」
 曹操 「俺の戦いは至弱より始まりそしてすべての敵を崩しやがて至強をも倒すに至る」

 この言葉からすれば、結局「袁紹」は安全な所にドカッと座っているだけで、大して物事を経験していない。軍は強いかもしれないが、地位や出自に物を言わせて、「差別化された状態」を利用してきただけである。

 曹操自身も、帝に仕えた宦官の孫であるため、位はとても高い。地位も手に入るポジションだった。にもかかわらず最初の就職先は「北門の北部尉」。袁紹も「えっ?」と思うくらい意外な低い地位だったのだ。(それでもいきなりこの地位につけるのだからいいかもしれないけど。)

 曹操は袁紹とは違い、位には興味がない。彼にとって大切なのは、「何をするか」だ。その地位がなければできないことであり、それを行う必要があればその「地位」に就く。地位が目的なのではなく、この国を立て直すために、するべきことをするために、「地位」があるのである。

 手段と目的を取り違えていないところは、さすが曹操である。そのため、その地位に就いた曹操は、驕り切った宦官や、天子の親戚(ゼンコウ殿下)までをも戒める。

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自分の部隊を至弱化する曹操 その狙いとは

 「黄巾の乱」。その戦争に騎都尉として参戦した曹操は、わずか3000の軍を率いて大活躍をする。

 数年たった後、袁紹は勢力を拡大し、やがて曹操と競い合うようになるが、袁紹はすでに天下を取ったつもりになっていた。曹操と言えば、袁紹と同じく四州を治めていたものの、まだ地盤は貧弱であり、兵力差も大きかった。そのため、誰がどうみても袁紹が勝つと思われるような体制であった。(しかも、このうち一州(徐州)は劉備の裏切りのため失うことになる)

 袁紹は全軍で「王の道」の歌を熱唱しながら行軍する。
曹操麾下の将軍たちはその姿を見て胸糞を悪くするのだった。

 そして、それをきっかけとして曹操は全ての軍師を書記官に、全ての将兵を兵卒へと格下げする。

 全員からすれば、<なぜこんな状態(圧倒的劣勢の下)でそんなことを?>ということになる。

 これは、地位というものを非常に重んじる袁紹への一種の当てつけであり、兵卒だらけの体制で袁紹を撃つという意味を持たせることが一つの狙いだった。地位なんていうものは、曹操にとっては大した価値はないのである。
 もう一つは、兵卒の感情の流れやすさである。曹操も袁紹も関係ない。中国の行先も関係ない。ただ金が手に入るからやってきて、女の子にモテるから兵隊になる。ただそれだけの人々。

 そういう兵卒たちの、生きたい。死にたくない。という本能を最大限にまで高めること。
 
 兵卒と言う者の立場を将軍や軍師にもわからせること。至強の立場に常にいるようでは、袁紹と同じになってしまう。夏侯惇のように、無秩序な群衆、仲間の死を間近に見ること、仲間の返り血を多く浴びる事、騎馬軍を歩兵で迎えるという体験、将軍の立場では決してわからない経験を持つことになる。

 袁術と袁紹が似ているところ。それは、「伝国の玉璽」を持っていることが自分の価値であると考える袁術に対して、袁紹は「地位」=「伝国の玉璽」と考えているようなものである。

 また、「袁紹」は、下々のことを大して考えていない。彼ら自身の生活、心理、そうしたものを肌で経験したことがない。いつも高い座に座っていなければ気が済まないのである。こういう人間が玉座に就いても、結局は地位に甘んじた存在になるだけで、下の人間たちを考える「政治」には非常に疎いに違いない。

 曹操のもう一つの狙いは、今のうちに自分の配下たちと、兵卒を触れさせることもあったのかもしれない。曹操の国は、袁紹のように、ただ高台から下を見下ろして、ただ自分が王のように振る舞うことはない。下の人間たちを知り、そしてやがては上へ到達する、そうしたプロセスを経ることを重視しているのである。彼は統治をするのではなく、1個の人間が、王と呼ばれるほどの存在になるまで、人間自体を成長させていく狙いがあるのである。これは、誰にだってその気があれば能力を鍛え、上へ勝ち上がれる仕組みだ。曹操は、人間は地位や出自で決まるのではなく、その人間の持っている能力によって決まると考えている。劉備、孫堅、曹操、この中で最も「人間」というものに興味を抱いた曹操ならではの考えだ。

 曹操の戦略

 補給線を突っついてまとめさせる

 曹操は圧倒的不利な立場にいながらも、どこかしら余裕の表情。いつものことだが、裏では何を考えていたのだろうか。

 補給線の攻撃を工夫する

 一つは、袁紹の兵糧 補給線を攻撃することである。しかし、ただがむしゃらに攻撃していたのではない。補給線の人夫はそのままにし、食料をわずか3日分くらいだけ奪うのだ。つまり、目的は補給線の機動力を奪い、統率力を奪うことだったのである。

 そうすると、補給部隊はどうするべきかわからなくなる。そこで、袁紹の第一子袁譚がその補給部隊をまとめ1か所の食糧基地へ連れて行くことになった。そこが一つの狙い目で、曹操の目論見通り、ばらばらだった食糧は1つの大きな狙い目となったのだった。それを焼き尽くされた袁紹軍は動揺が走ることになる。

 青州黄巾党のバックボーン

 曹操は青州黄巾党というとても強力なバックボーンがいる。いざというときはとても頼りになる。彼らに袁紹を討たせることは、曹操と彼らの契約を履行することにもなるのだ。

 たとえ負けても袁紹の世ではよくならないという自負

 曹操は袁紹という人物を全て知り尽くしている。彼を知り、己を知れば、百戦危うからず。そして、仮に戦で敗れたとしても、袁紹では国を治めきることはできない。文醜を破るときにもこのように語っている。文醜はやはり袁紹の将だ。心に闇というものがない。綺麗に割れて残るものがない。

 これはどういう意味か。割れて何も残るものがない。数字でいえば、そんなものは0だけである。曹操にとって、袁紹はゼロの人間なのだ。

 下々の生活を知らず、生きる苦労を知らず、ただ出自というものに甘んじて、差別化された世界で生きてきた袁紹。彼はそもそも、人生自体を送った経験がないくらいなのである。文醜は、曹操1人のみを殺せばこの戦は勝利だと考えていた。しかし、曹操亡き後の中国をどうするのかは、全く考えていないのである。そのような人間は、ゼロなのだ。心に闇がない。これは、陰だといってもいいかもしれない。建造物が建ち並べばそこには影ができる。光が遮断され闇が生まれる。しかし、袁紹にも文醜にも、それが全くないのである。天命が自分にあることを疑うことの無い曹操。それはこの点に絶対的な差を感じていたからだ。

軍の士気の向上

 将兵を至弱化したことで、兵卒自体と将兵との親密度がアップし、この人のためだったら死ねる、というレベルにまで意気が高揚した軍。驕りきった袁紹軍の士気とは比べ物にならないくらいの状態にまで高まった。

許攸を逆手に取る

 袁紹軍の軍師許攸は、投降すると言って自分の策を曹操に売りに行く。しかし、これは二重スパイのような戦略で、本当は曹操を食糧基地である烏巣に向かわせるためだった。売り文句は「袁紹を3日で破る策がある」とのこと。

 しかし、曹操は全くと言っていいほどその策には関心を示さない。正直どうでもいい感じなのだ。

 斥候に出て食糧基地の位置を探り、伏兵を探る曹操。途中で気が変わり、斥候をやめてそのまま烏巣に攻め込んでいく。敵の将軍を騙すために、許攸はまんまと曹操に利用されるのだった。

馬を鍛え上げてきた

 敵味方が入り乱れる曹操軍と袁紹軍。読んでいるこちらも一体どうやって敵味方を識別させることが出来るのか心配になる・・・。しかし心配はご無用。馬の速さが自然と敵と味方を分離してくれる。

曹操の大喝

 「世が変わるということは単に為政者が変わるということか!玉座の主が変わるということか!そんなものは真の変革とは何の関係もないぞ!」

 これは睦元進達に放った、袁紹に対する文句である。下の生活を全く知らない袁紹。自分の出自の高さを誇りとし、自分がしかるべきと思う地位につき、ご満悦の袁紹。曹操は、彼が天子になり、この世を治めるようになったとしても、何も変わらないと言っているのである。ただ、首がすげ変わるだけなのだ。今の日本と同じである。政治家の2世や3世のようなものだ。

 「天下が本質的に変わることを求めぬ者どもにお前たちの心火をたたきつけろ!」

 睦元進が曹操に投降することを決意したにもかかわらず、袁紹の配下というものを十分に知った曹操は、こんな奴らが曹操の配下となり、国の政治にかかわっても意味がないと考える。

 そのため、青州兵の怒りを用い、投降してきた彼らを根絶やしにするのだった。

 曹操は青州兵を自分の都合のいいように利用しているように見えて、全くそんなことはない。彼は、青州黄巾党の思いを、彼らとの契約をしっかりと果たしているということも読み込んでほしいと思います。
 



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